プロフィール

KEARASHI

Author:KEARASHI
2013年10月リタイアをきっかけに、木彫・木工クラフト工房を開設しました。
木に新しい命を吹き込むという思いを込め、「萌樹工房」(もえぎこうぼう)と名付けています。
以前から続けてきた手作りでのクラフト創作で、主に手先・目そして頭を使うことで多少なりとも老化速度を遅らせる効果を期待している。
ブログでは、工房の様子や他の趣味等を載せていきます。


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まとめ

台風一過

台風18号です

台風18号

左が18日8時の予想進路
なんと当市が直撃ではないか!

右が同日20時宗谷岬付近に北上 台風一過でした
が・・・風は過ぎ去った後の方が強い西風が吹くのです

一般的に台風の東側がより強い風が吹くので 当市の風は それ程ではありませんでした
雨もそこそこと言ったところ

この程度の風は冬期間 毎度のこと

とはいっても海岸付近の住民は避難指示が出ていました

この台風は 記録に残る1951年以降で初めて本土4島すべてに上陸した台風だったそうです

この日 テレビ等では「不要不急の方は 外へ出ないでください」と叫んでいたのですが 

わが家では日帰りで札幌へ

どうしても行かなければならない用事があったのです

演奏会賛助出演

お多福の都山流尺八演奏会への賛助出演のためでした

この日のため稽古に通っていたので 出ないわけにもいかず
不要不急ではないのです

演奏会2

会場は札幌市教育文化会館

勿論僕は運転手 あさ8時に出かけ18時帰宅

いつも通っている国道は通行止めのため 往復高速道路を利用した台風の中の運転

途中雨で視界が悪く道を間違えても 「違うだろう~~! このハゲー!」とは言われませんでした

19日夕方ようやく当市に出ていた警報が全て解除されホットひと息

しかし 道内ではまだ洪水警報が出ている地域があるようです


余談ですが・・・

むかし 「台風一過」という言葉を「台風一家」と勘違いしていた時期がありました

双子低気圧 双子台風 団子三兄弟低気圧(勝手な名称です)などという言葉があるので 両親を含めると一家族になり「台風の一家族」で相当でかい「巨大台風」の呼び名だと真剣に思っていたことがあるのです

これこそ 「違うだろ~!」

お恥ずかしい限りです









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測量家伊能忠敬の大図展

伊能忠敬の大図フロア展が当市スポーツセンターで開催

伊能大図パンフ2

測量家伊能忠敬は1745年(延享2年)現在の千葉県九十九里浜町で小関家の二男として生まれ 子どもの頃から儒学・和算・医術などを学び 17歳の時旧家伊能家に婿入り

伊能家では運送業・酒造業などの商売を行っていたが 49歳で家業を長男に譲り 第2の人生をスタート
50歳で天文学者の門を叩き 念願の弟子入りを果たした

当時日本近海にロシアの艦船が出没し 北方に危機意識を持った幕府の意向を受け 55歳で蝦夷図作成を目的に蝦夷地測量を開始した

こんな経歴の持ち主のようです

開場時間前に行ったのですが もう何人か来ていました
写真写りが悪いのですが こちらからは手前が北になります

伊能大図1

大図展とあって さすがに大きい

伊能大図3

主催は北海道農業土木測量設計協会
担当者がまだ時間前というのに 来場者に説明をしています

ありました ありました
当市の位置に「ルルモッペ」と書かれていました

ルルモッペ

「ルルモッペ」とは 現在の留萌市のこと
アイヌ語で 「汐(海の水)が奥深く入ってくる川」という意味で 明治になってから留萌(るるもえ) 後に留萌(るもい)と名付けられました 

留萌川の上流に潮静という名の地域があり ここまで海水が逆流したようです


余談ですが 留萌の「萌」の字はその昔「萠」で月が2つもあったのでは夜ばかりで暗い町となるなので 月の一つを日に変え 昼もあるようにと変えた という説があるのですが 本当かどうか解りません

歩測コーナー

歩測コーナーがあり 歩いてみました
舗装道路でも車で北海道を一周するのは 大変なこと

道なき道をひたすら草鞋(わらじ)で歩くのは どれほど大変なことだったのか
しかも測量しながらですから

やはり 歴史上に名を残す人は 凡人とは違いますね

伊能大図2

会場には伊能忠敬の他 間宮林蔵 松浦武四郎などが作成した地図も展示されていました

測量機器類

数々の測量機器類の展示もあります

55歳から第10次測量まで16年間日本国中を歩きまわり 1818年73歳で病死
遺骨は弟子入りした先の天文学者高橋至時の墓の隣に葬られ

死後3年経った1821年に高橋至時の長男高橋景保が指揮をして「大日本沿海興地全図」が完成し幕府に上呈されたとのこと

この「大日本沿海興地全図」は第10次測量の後 1816年に作成開始したのですが 伊能忠敬は完成図を見ることなく 亡くなったわけです

歴史に残る測量家でした







お祭り好きの神父さん

10日(日)は聖パウロ祭でした

パウロ祭1

パウロ祭2

大地の恵みと実りを共に感謝し 支援を必要としている多くの人々に心を送るために毎年バザーなどを開催する「感謝」と「お願い」のイベント

カトリック教会内と前広場で日用品雑貨・手作り品販売 ゲームコーナー 焼き鳥・生ビールコーナーの設置 ウエス回収などが開催され 多くの市民が会場を訪れていました

パウロ祭3

輪投げコーナーには子供たちが並び
焼き鳥・生ビール売り場は大人たちの行列

この日は そばとおにぎりで昼食

面白いのは お化け屋敷

ドイツ出身の神父はお祭りが大好き
神父自ら太鼓を叩いて呼び込みをしていました

パウロ祭4

シロクマとクロクマ(?)がいます
動物園みたいです

パウロ祭5

奥にどくろがあり
「ムンクの叫び」みたいなものもいます
なかなか芸術的です

この辺りで お化けに扮した綺麗なお姉さんが出てきましたが
とっても可愛いお化けでした

パウロ祭6

生首やら 怪しいものがいっぱい

聖パウロ祭は2時間ほどのイベントでした

この日の収益金は
九州豪雨被災地支援 難民支援(カリタスジャパン)
ユニセフ(児童基金)などに充てられます

今年のテーマは「惜しみなく与える豊かな心を」でした








個性的な「しゃちほこ」

先日お多福の友人からお土産に手ぬぐいを2枚いただきました
名古屋城の「しゃちほこ」をデザインした手ぬぐいです

有難うございました

2枚同じものでしたので 2階の部屋の入口に 「のれん」として使用することにしました

「しゃちほこ」が向かい合わせになるよう 1枚は裏面にして縫い合わせ 取り付けました

のれん

このような具合となり なかなか良い雰囲気となりました

ところで この「のれん」をよくよく見てみると

のれん3

白丸の部分を拡大してみます

のれん1

左下の部分に こんな姿で 居ました
1匹(1個)だけ逆向きの「しゃちほこ」がいたのです

どこの世界にもこのように「右へ倣(なら)い」をしない 変わったのものがいるものです

よく言えば個性的な 「しゃちほこ」
悪く言えば協調性のない 「しゃちほこ」

ボクもこんな時代があったかも・・・

染物屋さんが 敢えてこのようにデザインしたものか
間違えたのかは 解りませんが 

どうなのでしょうか

またまた ところで

名古屋市長さんが名古屋城を木造で建て直したいと言っていると噂を聞きましたが 木造にしたとしてもどうせ本物になり得ませんので これもどうなのでしょうか 


p.s
バラ園 「ローズミンタラ」出身のバラです

  バラ1


アラ・セヴを寿ぐ会と道北巡り ~その2~

「アラ・セヴを寿ぐ会」の後宴として 砂川市の私設バラ園「ローズミンタラ」を後に 留萌市へ

途中留萌市内三船殉難の碑に立ち寄り犠牲者の冥福を祈りました

P8234854(1).jpg

「萌樹工房」には17時20分近く 当工房では30分ほどの時間しかありませんでした

制作したものはほとんど店頭ですので 当工房では見せるものは少なく 期待はずれだったかもしれません

カナダ原住民の伝統文様をあしらった彫刻

カナダ文様

キャラクターデザインを使用した時計と
動物クラフトなど

moegi4.jpg

砂川スイーツロード「北菓楼」のバームクーヘンはどちらでしょう

バームクーヘン

正解は左ですが 右はカラマツ材を輪切りにしたものです

カラマツ材で作った動物です

バームクーヘン作品

18時から市内で食事会
食事後 温泉ホテルの小平町「ゆったり館」へ
アラ・セヴ三人衆が宿泊

ゆったりかん

翌日は残念ながら 三人衆のうち一人が都市間バスで札幌へ
小樽のアラ・セヴ仲間の経営する宿へ行くため 
ここでお別れでした 

アラ・セヴの残留組三人衆(お多福を含む)と女子大に特別編入を許可されたボクで稚内を目指し「海の辺の道を」ドライブ

前日は風があったので 海には波が立っていました
白波四人衆(前日までは五人衆)の旅です

このドライブは当工房の用務(商品納入)と併せ 実施したものです

まずは小平町道の駅(鰊番屋前)駐車場の三船殉難の碑と松浦武四郎の碑

三船殉難・松浦武四郎碑

キャラクタグッズ納品用務の 羽幌町道の駅(ホテルサンセットプラザ)と天塩温泉夕映

羽幌・天塩温泉ホテル

天塩町まで来ると利尻富士が大きく見えるはずですが この日は雲でなかなか見えませんでした

しかし サロベツ原野の一直線道路の海岸線を走っていると雲が薄くなり 見えました 見えました

台風を蹴散らしたアラ・セヴのパワーです
雲は恐れ多く 逃げていきました

ちょうど昼に稚内市に着き ノシャップ岬で昼食

稚内公園氷雪の門と稚内港北防波堤ドーム

ノシャップ岬と稚内公園等

今回稚内まで来た理由の一つですが

アラ・セヴの一人が高校生の時に利尻島への旅の途中 フェリーの中で今のご主人と出会ったそうなのです
その時から稚内へは一度も来る機会が無く お多福が誘ったとのこと

利尻富士も見ることが出来 非常に懐かしがっていました

そして稚内最後の訪問地 宗谷岬です
また宗谷岬背後の小高い丘の上に 1983年の大韓航空機撃墜事件の慰霊碑が建っています

宗谷岬と大韓航空機事故碑

稚内を後に 幌延町トナカイ観光牧場に納品です
幌延までは「山の辺の道」をドライブです

トナカイ牧場と深地層研究所

ここのソフトクリームが美味しい
隣に高レベル放射性廃棄物中間貯蔵の研究施設(幌延深地層地研究センター)がある

この日の終着点 しょさんべつ温泉岬の湯(岬センター)に到着です

岬の湯

この岬センターは 10年前に「晴子情歌」の舞台を訪ねる旅で同じクラス会が開催された所でした

翌日この岬センター下の漁港横の金毘羅様を見物

金毘羅岬

厳島神社の鳥居の規模には敵いませんが 海の神様を祭っている所です

さて 留萌市まで戻り 名残惜しいのですが 大阪の友人は札幌まで高速バスで そして旭川の友人もバスでそれぞれお帰りでした

2日から アラ・セヴの前夜祭・本祭・後祭と続きましたが あっという間に終わりました

ボクも某女子大の編入生として またローズミンタラの大福さんも転校生として迎えられ 一瞬ですが有意義な学生生活を送りました

実に楽しい日々でした

但し 卒業証書も成績表もありませんので 単位不足だったのでしょう

機会がありましたら 不足単位取得のため再度編入生 あるいは聴講生としてお仲間に入れていただきたく 切にお願いする次第です

又 お会いいたしましょう














アラ・セヴを寿ぐ会と道北巡り ~その1~

去る3日(日)札幌市内のPホテルにてお多福の大学時代のクラス会が開催

その名は「アラ・セヴを寿ぐ会」
アラ・セヴとは アラウンド・・・ 

どうやらセヴンティーンではないようです

ミニクラス会は ほぼ毎年開催しているようですが 全員への呼びかけは3年ぶりとのことですが

今回は「萌樹工房」として 栞・DVD(スライドショー)などの制作協力したのです

   しおり(1)

クラス会も盛会裏に終わり
翌日4日は名古屋・大阪方面から参加した同級生と旭川市の友人3名が砂川市の私設バラ園「ローズミンタラ」と「「萌樹工房」の様子を見たいとのことで わがホンダシャトルがシャトルタクシーとして案内

まず 「ローズミンタラ」を訪問
「ローズミンタラ」のご主人「大福さん」と奥さんの「豆福さん」が 出迎えてくれました

ウチの「お多福」も揃い「三福」となり 更に めでたし めでたし

豆福さんがお多福の同級生で「福」が取り持つ縁となっているのです

ローズミンタラ1

バラは6月下旬から7月の一番花が見ごろとのことですが 
今回もきれいに咲いていました

バラ1

バラ2

まだまだ沢山のバラが咲いていましたが
blog「ローズミンタラ」を開いて ご覧あれ

いつも手入れが行き届いており 感心しているのです

このあと 馬具メーカー・皮工芸の店「ソメスサドル」へ

ソメスサドル

目の保養をしたあと
菓子メーカー「北菓楼」に寄り一路 留萌市へ

大福さん・豆福さん お世話になりました

大変ありがとうございました

この後は次号に続く










狂言観賞

田舎に住んでいるとなかなか文化芸術鑑賞の機会が少ないのですが
8月31日 旭川市民文化会館にて狂言を鑑賞出来ました

「万作の会 狂言公演」です

狂言パンフ1

狂言は600年ほど前室町時代に能とともに成立した日本の伝統芸能 

現在 狂言は能と合わせて「能楽」と呼ばれ ユネスコの世界無形文化遺産に登録されているようです

今回は「万作の会」
「万作の会」は野村万作を中心に公演を行うグループで
野村万作をはじめ 野村萬斎 石田幸雄ほか「万作の会」の狂言師たちは国内外で多くの狂言・能公演に出演しています

今回の演目は「萩大名」
実力はあっても風流に欠ける田舎大名を風刺するだけでなく 無邪気で大らかな人物として描き

そして「蝸牛(かたつむり)」
「でんでんむしむし」という囃子言葉が何度も出て 登場人物と一緒に浮かれ 観ていると心も体もウキウキとしてくる楽しい演目で

健康で人間らしい笑いを体験できました

万作・萬斎の狂言観賞はは3回目ですが 病み付きになりそうです


また 同日この「万作の会」が留萌市内の中学校で公演を行いました

狂言新聞記事

「万作の会」は子どもたちの発想力やコミュニケーション能力の育成を図ることなどを目的に全国各地でワークショップや公演を行っているのですが 

今回市教委の芸術鑑賞事業に協力してくれたようです

野村万作に師事する狂言師6人が2演目を上演 
最後に ワークショップで練習した演目「蝸牛(かたつむり)」では全校生徒が共演し練習の成果を披露したとのこと

生徒たちも 素晴らしい体験をしたことでしょう


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