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北海道の歴史 その2~道庁旧本庁舎~

「北海道150年」にちなんだ北海道関連ブログ第二弾

今回は
北海道庁旧本庁舎(赤レンガ庁舎)の現在までの変遷

1869(明治2)年「蝦夷地」が「北海道」と名付けられ 北方開拓の目的で「開拓使」を設置
東京に「開拓使東京出張所」が芝の増上寺に設置され

札幌に1873(明治6)年10月「開拓使本庁舎」が完成した

開拓使本庁舎1
(左明治6年7月上棟式 右明治6年10月落成記念 
 資料 北海道文書館)

北海道開拓の村(札幌市厚別区厚別町小野幌)には復元された本庁舎が保存されている
      
この庁舎の特徴は 建物は米国風ジョージア様式とかアメリカン・バロック様式と言われている洋風建築で
中央屋根部分には八角塔(ドーム)があり これは「独立と進取のシンボル」として当時アメリカで流行したものらしい

この本庁舎は完成後わずか6年後の1879(明治12)年1月に火災で焼失した

1882(明治15)年開拓使が廃止され 
三県一局時代を経て 1886(明治19)年 北海道庁が設置

1888(明治21)年には北海道庁本庁舎が完成した

完成時には八角塔を設置していたが 
1896(明治29)年建築上(安全性等)の問題から撤去

明治30年代本庁舎1
(明治20年代の道庁庁舎 と八角塔撤去後の写真
 所蔵 北大付属図書館)

この庁舎も1909(明治42)年 火災により内部と屋根部分を焼失

レンガ造りのため壁は損傷がなく 1911(明治44)年に復元工事が終了
復元された庁舎には八角塔は無かった

赤レンガ庁舎1-1
(資料 北海道文書館)

下の写真は
1968(昭和43)年 北海道開拓(開道)100年記念として復元工事が完了 八角塔も復元された

赤レンガ庁舎2-1
(所蔵 北大付属図書館)

この「北海道庁旧本庁舎」は 
1967(昭和42)年「開拓使札幌本庁舎後および旧北海道本庁舎」として国の史跡に指定
1969(昭和44)年には 国の重要文財に指定されている

この庁舎は「赤レンガ庁舎」と呼ばれ親しまれている

外壁に使われている「レンガ」は札幌近郊で焼かれたもので 
当時の白石区には数件の「レンガ工場」があり 
これらの工場で作られたものが使われているとのこと

「赤レンガ庁舎」に入ると 赤じゅうたんが敷かれ 
まず目に入るのが三連のアーチ状の壁や柱 西洋の雰囲気がたっぷり味わえる

庁舎館内1
(赤レンガ庁舎内の階段付近)

一階は文書館
二階に上がるとすぐ 歴代の長官や知事が執務した記念室があり
室内には歴代の長官や知事の写真が飾ってある

写真中央が第3代長官の黒田清隆 
その左が第四代西郷従道(西郷隆盛の弟)だ

黒田清隆・西郷従道1
(歴代開拓使長官の写真 資料 北海道文書館)

この他 北海道の歴史を物語る資料室があり 海外からも多くの観光客が訪れている

「赤レンガ庁舎」の横には
歴史を物語る「史跡」の標石が建っている

史跡
(史跡の標石)

この「赤レンガ庁舎」も老朽化及び耐震性の課題から 大改修計画があり
本年度(平成30年度)実施設計 来年度から改修工事が行われ2022年に完成の予定

この「赤レンガ庁舎改修事業」にあたり 現在「ふるさと納税」などで寄付を募っているようだ

今回訪れたのは12月9日 
赤と白のコントラスト すっかり「クリスマスモード」

雪の中の「赤レンガ庁舎」だった

赤レンガ庁舎3

また
北海道庁敷地内の池では

池の鳥1

カルガモの家族(?)が元気に 泳いでいた


北海道の歴史 その1 ~北海道に県があった?~

「北海道150年」にちなんだ北海道関連ブログ

北海道は都道府県からいうと「道」
しかし 過去にこの北海道に「県」があった

道産子でも ほとんどの方は知らない
ホントに北海道に「県」があったの?

それがあったんです!

江戸から明治時代になり 
1869(明治2)年に松浦武四郎の提案で「蝦夷地」が「北海道」と名付けられ

「北海道」には
北方開拓のため1869(明治2)年から1882(明治15)年まで「開拓使」が置かれた

北海道命名、開拓使設置の布達3
(北海道命名 開拓使設置の布達  資料 北海道立文書館)

そして 1871(明治4)年から10年間は「開拓使十年計画」により大規模予算で開拓が行われた

「開拓使」とは開拓のための臨時地方行政機関である

特に1871(明治4)年から1972(明治5年)は「北海道開拓使」と称した

開拓使札幌本庁舎1-3
(開拓使札幌本庁舎当時の写真と模型 下は当時の札幌
 資料 北海道立文書館)

ところで 
開拓使設置前の北海道行政は 「箱館府」が行っていたとのこと

何? 箱館府?
「県」の前に「府」が出てきた

「箱館府」は
1868(明治元)年から1869(明治2)年7月まで蝦夷地を統治するために箱館(現在の函館市)に設置された地方政治機関で 箱館裁判所(前身は箱館奉行所)の改称によって成立し 開拓使の設置により廃止された機関

「府」もあったんですね

前述の「開拓使十年計画」が終了し 開拓使が廃止された後 
1882(明治15)年に「県」が設置されている

「県」は 三県あった
三県とは「函館県」「札幌県」「根室県」

三県1
(三県一局時代 境界線は正確ではなく概略図)

この三県は一般地方行政事務を開拓使から引き継ぎ
民営事業については各省府が引き継ぐことで 新しい組織体制で勧めた

三県庁舎と県令1
(三県庁舎と県令 上から札幌県庁 函館県庁 根室県庁と各県令)
(資料 北海道立文書館)

しかし 各省間の連絡調整がうまくいかず事業の停滞を招いたため

開拓事業は 新たに この「三県」と「北海道事業管理局」で管理・統治する体制を作ったようである

これを俗に「三県一局」といい その時代を「三県一局時代」と言うのだそうだ

しかし これまた うまくいかなかった

北海道を管轄する組織を黒田清隆をはじめ その部下たちの薩摩閥が独占するという旧態依然の体制で
しかも「三県」と「管理局」の二重行政による弊害や 不況による財政的な問題などにより行政と事業の停滞が著しくなった 

背景には 
当時の北海道の人口は 26万5千人 うち15万人は松前藩時代以来の函館圏に集中 根室県は1万7千人しかいなく 著しい不均衡を抱えていたことにもある

この状況に 当時の参議伊藤博文が太政官大書記官を北海道に派遣し巡視させ その結果三県一局体制は機能していないとの報告を受け この「三県一局時代」が終焉を迎えることとなる

この「三県一局時代」は わずか1886(明治19)年までの4年間だったようだ

三県廃止と道庁の設置の布告2
(三県廃止と道庁設置の布告 資料 北海道立文書館)

「三県一局」の廃止後
1986(明治19)年1月に「北海道庁」が設置され
再び統一的な行政が行われるようになった

これは 
内閣制度が創設され 第一次伊藤博文内閣が発足した翌月のことであった

「北海道庁」は中央政府による組織で 
トップは知事ではなく長官 初代長官は高知藩出身の岩村通俊

以後 北海道10年計画に続く北海道拓殖事業計画などを経て 現在に至る

現在北海道の人口は531万人(2018年9月末住民基本台帳)
うち札幌市が196万人 3分の1以上が札幌市に集中している

北海道庁
(現在の北海道庁旧本庁舎 愛称赤れんが庁舎)

北海道には 現在の行政形態とは違うといえども
「府」も「県」もあったことになる

*資料 
  北海道立文書館(北海道庁旧本庁舎)


方言玉手箱 その23 ~そだねーPART2~

大賞受賞です!

今年の世相を反映した言葉を選ぶ「ユーキャン新語・流行語大賞」に2月のブログ「方言玉手箱16~そだね~~」でも紹介した 北海道の方言「そだね~」が受賞した

カーリング女子日本代表 平昌オリンピックで銅メダルを獲得した「ロコ・ソラーレ(LS北見)」のチームが試合中に使っていた「そだね~」 
これが大流行

北海道の方言には大きく分け二つあるという

一つは東北地方の影響を受けた海岸方言(浜言葉) 
そして明治以降に全国から移住してきた者によって形成された内陸方言

海岸方言は早くから開けていた道南の函館・松前方面から日本海・オホーツク海・太平洋の海岸地域まで広がり
「ロコ・ソラーレ(LS北見)」の北見・常呂も海岸方言の残る地域

この「そだね~」の起源は「そんだね」で
「そんだね」に標準語が混ざった言葉だと解説する日本語学者がいるそうな

「そだね~」を方言だと思っていなかった道産子にとっては 
札幌など内陸都市部の言葉は全国の方言が混ざってきたため 標準語に近く日常的に使う言葉だった

道外でも「そだね~」を使うらしいが 

北海道弁は標準語と違いアクセントなどが違い
語尾のイントネーションが下がらず 
アクセントが頭に付きやすい特徴があるそうだ

北見工業大学の学内生協ではオリンピック後「そだね~Tシャツ」を販売しており 現在商標登録を申請中 
また受賞を記念し学生食堂では「モグモグタイム」で昼食を無料提供しているニュースも流れていた

帯広の菓子メーカー「六花亭」も商標登録を申請しているとか

そだね~1

ボクの田舎方面では 「そだね~」は主に女性が使い
男性は「そんだ」「んだ」とか「んだな」とか「んだべ」など 
どんどん汚い言葉を使っている

「そだね~」の肯定する言葉に対し 
否定的・疑問の言葉の 「そうだろうか?」「そうかい?」は
「そ~だべか?」「んだべか?」になるのは面白い

「ロコ・ソラーレ(LS北見)」の代表本橋麻里は
「大会中はポジティブな言葉だけを発するというルールで活動した 注目されて最初は戸惑ったけど みんな今は地方の言葉に誇りを持っている」
と喜びを語っていたのが印象的

北海道には「そだね~」の他
「なんも」「めんこい」「なして」など 
ほのぼのとした方言がいっぱいあるんだから

道産子は これからももっともっと
誇りを持って北海道弁を発信しなければダメでっしょ

NHK番組人気キャラクター 
5歳のチコちゃんに 「ボーっと生きてんじゃねーよ!」
と叱られないようにしようっと!

そだね~!


*参考 
2018年5月18日 朝日新聞デジタル記事(浅野有美記者)
「そだねーの起源は東北弁? 北海道弁の専門家に聞くと・・・」



積雪ゼロ

異常気象なのか
12月4日(火)なのに積雪ゼロ

11月21日に降った雪もすっかり溶けてしまった

積雪BA1
(左が11月21日 右が12月4日の様子)

積雪BA 2
(左上が玄関前 11月21日 右上が12月4日の様子)

池は前庭から運んだ雪ですっぽり隠れていたが すべて溶けている

4日のNHK天気ニュースでは全国的に気温が高く 
福岡では26度まで上がったとのこと

当市でも11度もあった

岩見沢ではドカ雪が二度あり 50cmほど積もったが 今日の気温でかなり溶けたようだ

この時期 当市で雪が無いのは珍しく
過去に12月中旬まで雪が積もらず このまま正月を迎えるかと思ったが
そのあとドカ雪がきたことがある

今年もこのままでは終わらない
今日5日(水)からは雪の予報で 日本海側では吹雪になる模様

いよいよ本格的ないつもの冬を迎えるのか

北国豪雪地帯の冬なのだから 
雪は積もってくれたほうが覚悟ができ

気持ちが落ち着くのかもしれない

慣れというものは 怖ろしいものだ


砂川市での手づくり市

2日(日)砂川市地域交流センター(ゆう)で手づくり市が開催

手作り市ゆう

このイベントは 毎年この時期に開催され 市民にも定着し 
開始前から長蛇の列で 今回も満員御礼!

手作り市1-2

出展数は46店 他に手作り体験コーナー 軽食コーナーなどもあり
また小学生による赤い羽根募金活動で 大きな掛け声が会場内に響いていた

手作り市2-1

娘が開設しているネットショップcachitoが出店
毎年希望者が多く 今回は抽選で3年振りで出店が叶ったようだ

「萌樹工房」もこの「ハンドメイドショップカチート」に参加しているため
当工房の作品も扱ってもらった

手作り市3-1

商品はいつもの通り 動物 機関車などだが 砂川市でしか売ることが出来ないもの 
砂川市高齢者見守り運動キャラクター「みまもりんご」のグッズを置いてもらった

手づくり市はどこでも
出展者はほとんど女性の作家さんたち 
あるいは女性グループなので やはり女性向きのものが多い

木工フラフト製品は珍しく 男の子用の車などはそれなりに人気がある

今回は先日MDF(松材などの加工材)で作った文字クラフトも試験的に置いてもらった

手作り市4-1

この色付けしたくり抜き文字PEACEHAPPYだけを置いてみたが 
すぐ売れたようだ 

これまで茶系色の地味なままの姿で置いて売れなかったものだが
派手な色付けをした方が売れるのかもしれない

開始は午前10時 午後2時半までのイベントで
この日も札幌へ行かなければならず 11時まで様子を見ていたが

後は娘に任せ 会場を後にした


 

「男鹿のなまはげ」など無形文化遺産に登録

この度 国内8つの県10の伝統行事がユネスコの無形文化遺産に登録されることが決定された

これらの伝統行事は「来訪神:仮面・仮装の神々」として一括して2年前に申請され モーリシャス(東アフリカ インド洋の島国)で開かれたユネスコ委員会で審議され 11月29日に決定

ボクらにポピュラーなのはやはり 秋田の「なまはげ」だ

大晦日に角の無い鬼のお面をかぶった二人一組の「なまはげ」に扮した青年たちがが家々を練り歩き 「泣く子いねが!怠け者いねが!言うごと聞がね子どらいねが!親の面倒見わりい(悪い)嫁いねが!」などと家じゅうを探し回る伝統的な風習

この「なまはげ」は むやみやたらと家々に上がり込む訳ではなく
昔からのしきたりがあるようだ

「先立(さきだち)」という役が事前に主人に「なまはげ」が家に入ってよいかを確認した後 合図で「ウオー」と奇声を上げて乱入

家に上がり込んで7回四股(シコ)を踏み はじめて家の中を歩き回ることができる

「ナマケモノの匂いがする」「ナマケモノはいないか!」などと荒々しい声で歩き回る

家の主人が荒れ狂う「なまはげ」をなだめ 丁寧にもてなし お膳を添える

「なまはげ」はお膳の前に座る前に 5回四股(シコ)を踏む

「ウオー!ウオー!」と唸っている「なまはげ」に主人が酒肴をすすめる

主人と「なまはげ」との間で様々な会話が交わされたあと 「なまはげ」は来年も豊作であるよう祈願し 再び立ち上がって3回四股(シコ)を踏み また歩き回る

家に上がってすぐ7回 お膳に就く前に5回 立ち上がる際に3回 「七・五・三」という男鹿真山の独特なしきたりがあるらしい

「なまはげ」は立ち去る際に「来年もまたくるぞ!」と言い残した次の家に向かう

「なまはげ」はその家の子どもたちが病気や怪我などをせず幸福になれるようにと願って四股(シコ)踏むとのことである


「なまはげ」は ただ酔っぱらって家に上がり込んで子どもたちをいじめているわけではないようだ

無形文化遺産に登録された他の9件についても「厄介を払って幸福をもたらす」とされる伝統行事だ

過疎化と少子高齢化の中で神に扮する担い手(青年)の確保など 伝承には多くの課題があるようだが 
是非 次の世代にも受け継がれてほしいもの


ところで
この「なまはげ」のお面は もう10年以上前に秋田男鹿に行ったときに買ってきたもの

なまはげ
(秋田・男鹿の「なまはげ」のお面 確かにおっかない この面には角がある)
「おっかない」は 「おっ!家内」 とも書く???

部屋の壁に飾っていたら 孫がおっかない(怖い)と言って その部屋に寄り付かなくなったので
それから ず~と 隠していた
もういいだろう

今回無形文化遺産に登録が決定されたとのことで思い出し 久しぶりに日の目を見ることになった


これは 沖縄のシーサー

沖縄焼き1
(沖縄焼のシーサー)

それから これは海外のもので 東南アジアかどこかのもの?
詳しくは分らない 右の面はヤシの実をくり抜いたものでできている

海外の仮面1
(久しぶりで日の目を見た海外のお面)

これらの面も地域の「来訪神」なのかもしれない

今回のブログも

やはり 「はげ」 に行き着いたようだ


*参考
男鹿真山伝承館 なまはげ館(株式会社おが地域振興公社)ホームページ


色付け文字クラフト

最近は「工房」の話題をさっぱり載せていないが

久しぶりの「工房」の話題

MDF(家具材などに使われているもので松等の加工材)の端材を利用して 
アルファベット文字を作った

今ではMDFのアルファベット文字は100円ショップなどでも見かける

これまでもアルファベット文字を作っているが 
子どもの出産祝い・新築祝いとか 
また単なる飾りなどで使う クラフトが多い

材料は
セン・タモ・ナラ・ウォールナット(クルミ)の木などを使っている

名前クラフト1

名前クラフト2-1

これらは木目が綺麗なので色付けの必要は無いが 
MDF材は木目がないので愛想が無く又 見た目もパットしない

アルファベットは 型取り&くり抜き方法で切り取り
今回は思いっきり 派手な色付けをしてみた

まず HAPPY

HAPPY_convert_20181128111538.jpg

PEACE

PEACE_convert_20181128111658.jpg

WELCOME

WELCOME__convert_20181128112138.jpg

この他 LOVE HOPE なども作ったが

厚さは18ミリで 立体的には このような感じになっている

文字クラフト 2

落ち着きは無いが なんと華やかなこと
派手好きな方には好まれるかもしれない

子どものおもちゃとして 
また 英語教室でも使えそうだ

プロフィール

KEARASHI

Author:KEARASHI
2013年10月リタイアをきっかけに、木彫・木工クラフト工房を開設しました。
木に新しい命を吹き込むという思いを込め、「萌樹工房」(もえぎこうぼう)と名付けています。
ブログでは、工房の様子や他の趣味等を載せていきます。

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