FC2ブログ

北海道開拓の村 ~その10~

北海道開拓の村に移築・復元された歴史的建造物の紹介
第10回

北海道開拓の村は 明治から昭和初期にかけて建築された北海道各地の建造物を54.2㌶の敷地に移築復元・再現した野外博物館

今回は漁村群
見にくいが 案内図の左上に位置する

漁村群位置図1(1)
漁村群には
 「旧土屋家はねだし」「旧秋山家漁村住宅」「旧青山家漁家住宅」「廊下」の4件の施設が移築・復元されている

旧土屋家はねだし

はねだしは ニシン漁家の付属施設として海岸の地形に合わせて海側に跳ね出す形で建てられた倉
床の開口部を通して直接荷物を出し入れを行う
この倉は漁具・漁獲物・漁粕・身欠き鰊・数の子などの加工品を保管するために使用されたもの

旧所在地 八雲町熊石根崎
建築年代 1887(明治20)年
復元年  1986(昭和61)年

旧土屋家はねだし1(1)
(床下には2隻の磯船が見える)

旧秋山家漁家住宅

明治末期に秋田県男鹿半島から移住した秋山嘉七(かしち)の漁家住宅
洋風の棟飾りをもつ寄棟造
三代にわたり刺し網漁業 磯回り漁業を続け1978(昭和53)年まで住んでいた

旧所在地 羽幌町焼尻字白浜
建築年代 1920(大正9)年
復元年  1989(平成元)年

旧秋山家住宅1(1)

煮炊きする薪ストーブと囲炉裏の部屋がある
現代風に言えば3LDKの住宅 
旧秋山家住宅2(1)

旧青山家漁家住宅

青山家は1859(安政6)年に山形県から小樽へ移住し 小樽沿岸を中心に鰊建網(たてあみ)などを経営した
鰊建網経営には番屋をはじめ網倉・干場・船入澗(ふないりま)など多くの施設などを必要とした
鰊漁場の建物が集約されているところは少なく 重要な文化遺産の一つである

旧所在地 小樽市祝津町3丁目
建設年代 母屋1919(大正6)年 
     文庫倉・石倉・板倉1888(明治21)年
     米倉・網倉・外便所1887~1896(明治20年代)
復元年  1980(昭和55)年~1984(昭和59)年

8月下旬に訪れたときは建物外観は修復工事のため見ることができなかったので 冬(2月)の写真を使用

旧青山家漁家住宅1(1)

母屋は建網(たてあみ)2カ統 およそ60名の漁夫が寝泊まりした建物
中央の土間を挟んで 右側が親方の住宅 左側が漁夫(やん衆)の生活の場所

これは親方の住まいの部屋 番傘やら提灯が壁に取り付けられている

旧青山家漁家住宅4(1)

やん衆の居住部分 
はしごを登ると周りは ぐるりと寝床だ

旧青山家漁家住宅3(1)

ニシン漁が始まる前に 船頭から炊事係までこの漁場で働く者の名が全て掲げられる
一枚の板に筆書きされるが毎年 板はカンナがかけられ 新しくなる
旧青山家漁家住宅2(1)

下の写真は
ニシン粕と魚油を作るための道具
ニシン粕は本州の柑橘類の肥料としても使われたと聞く 

旧青山家漁家住宅5(1)

青山家元場(本拠地)には10数棟の建物が存在したが 7棟が移築
他には廊下・粕倉・船倉などがあった
建物は海岸に対して縦に一直線に配置したのは 狭い土地を一定の間数で地割した江戸時代末期以来の土地の利用形態によるものとのこと

旧青山家漁家住宅6(1)

廊下

廊下は陸揚げした鰊を一時収蔵するための施設
漁期後は 船・櫓(ろ)・櫂(かい)などの大型の漁労具や加工用具を収容する倉として利用された

廊下1(1)

廊下の中には枠船(わくぶね)が収蔵されていた
鰊建網漁では大量に漁獲した魚を枠船につり下げた枠網によって海岸近くまで運搬した

廊下2(1)

漁村群はこれで終わり 
次回につづく


北海道開拓の村 ~その9~


「北海道開拓の村」に移築・復元された歴史的建造物の紹介 
第9回

旧札幌拓殖倉庫

五十嵐倉庫合名会社より1912(明治45)年に創立した札幌拓殖倉庫(株)に引き継がれた倉庫
札幌軟石を使用した倉庫で札幌駅北側に隣接していた6棟の内の1棟
開拓期の農産物の集散に大きな役割を果たし 地域の発展に貢献した

旧所在地 札幌市北区北6条西1丁目
建築年代 1907(明治40)年
復元年  1984(昭和59)年

旧札幌拓殖倉庫1(1)
「拓殖」とは未開の荒れ地を切り開いてそこに住みつくこと
北海道拓殖銀行(1998年まで存在していた都市銀行)もそのような意味で付けられたのか

この壁にも開拓使の旗印である「北辰(ほくしん)旗」の「五陵星」が」刻まれている

旧札幌拓殖倉庫2(1)
上の写真左は「北辰(ほくしん)旗」の「五陵星」
右は現在の北海道旗で「七光星」で
開拓使の「北辰旗」と「七陵星」のイメージを現代的に表現したもの

旧札幌師範学校武道場

札幌師範学校は北海道教育大学札幌校の前身
外観は入母屋(いりもや)造 平入(ひらいり)の和風系移築意匠を強調した木造平屋建て
剣道・柔道場として使用され 1949(昭和24)年からは一時 図書館・第二体育館として利用された

旧所在地 札幌市中央区南22条西12丁目
建築年代 1929(昭和4)年
復元年  1996(平成8)年
 
旧札幌師範学校武道場1(1)

旧札幌師範学校武道場の内部
旧札幌師範学校武道場2(1)

旧札幌農学校寄宿舎(恵迪寮けいてきりょう)

開拓使仮学校に始まる札幌農学校(現在の北海道大学)は1876(明治9)年現在の時計台付近に開学
1903(明治36)年に現在の北大校内に移転し寄宿舎も新設され 恵迪寮(けいてきりょう)と命名された
当時は玄関棟と2棟36室および厨房棟があったが 玄関棟と2棟12室が復元されている

旧所在地 札幌市北区北17条西8丁目
建築年代 1903(明治36)年
復元年  1984(昭和59)年

旧恵迪寮1(1)

旧恵迪寮2(1)

恵迪寮内部の様子
旧恵迪寮3(1)

寄宿舎棟 部屋は4人部屋 将棋などができる娯楽室も復元されている
旧恵迪寮4 (1)

寄宿舎廊下の天井一面に下手な字で書かれた張り紙が
「悪の根源学生部は恵迪から自治をとりあげようとしただけでなく 恵迪の廊下や便所がいくらこわれようとも直し・・・」などと書かれている
旧恵迪寮5(1)

復元された恵迪寮内部は古材を使っておらず実際よりかなり小奇麗 

当時 壁・天井などは落書きなどで汚れ放題 
当時を知っている方にとってはイメージがあまりにも違うと思う方がいるのでは・・・


村内では自由に使える「竹馬」が用意されている
子どもたちが上手に乗っていた
竹馬(1)


次回につづく




北海道開拓の村 ~その8~


北海道開拓の村~その7~に続き
北海道開拓の村その5その6で紹介した建築物を夏の時期と比較した写真を紹介

旧北海中学校
1909(明治42)年に建設された旧北海中学校本館部分
現札幌市豊平区に建設された
旧北海中学(1)

旧島歌郵便局
現瀬棚町北島歌に島歌郵便局が1886(明治19)年に設置
1902(明治35)年に建設された建物
旧島歌郵便局(1)

旧山本理髪店
北海道神宮裏参道沿いの「床屋さん」として親しまれ
現札幌市中央区南1条西24丁目に大正末期に建設
旧山本理髪店(1)

旧渡辺商店
明治30年代に砂金掘りで賑わった中頓別市街地に建てられた雑貨店
漆喰仕上げの土蔵造り 大正末期のもの
旧渡辺商店(1)

旧龍雲寺
開拓期の農村ではまず寺社が建てられ 寺は学校でもあり集会所でもあった
現札幌市篠路に1886(明治19)年創建された
旧龍雲寺(1)

旧浦河公会会堂
神戸の北海道開拓会社「赤心社」が浦河へ結社移民として入植
指導者の多くはキリスト教徒で 1866(明治19)年「浦河公会」が組織され
1894(明治27)年には2代目の礼拝・集会場を建設した
旧浦河公会堂(1)

旧武岡商店
1871(明治4)年に淡路島から静内群に移住し本格的な店舗兼住宅を新築
米穀・雑貨・荒物などを扱い この地方の商業発展に貢献
現新ひだか町東静内に1898(明治31)年に建築
旧武岡商店(1)

旧大石三省堂支店
菓子職人の大石泰三が1925(大正5)年に帯広町で菓子の製造販売を始めた
現帯広市東2条南5丁目 1907(明治40)年頃の建築物
旧大石三省堂支店(1)

旧太田装蹄所
1924(大正13)年から1945(昭和20)年まで営業していた装蹄所
現札幌市中央区北1条東11丁目 大正初期の建築物
旧太田装蹄所(1)

旧藤原車橇製作所
深川へ入植した兵庫県出身の宮大工が1903(明治36)年に妹背牛で車橇製造を開始
現妹背牛町本町にあった開業以来使われていた製作所を再現
1903(明治36)年の建築物
旧藤原車橇製作所(1)

旧本庄鉄工所
1925(大正14)年から昭和50年代まで使用されていた鉄工所
漁具や漁船の付属品・農機具などを制作していた鍛冶屋
現石狩市親船12 1997(明治30)年頃の建物

旧本庄製鉄所(1)

雪あり・無しの対比写真紹介は今回で終わり

次回からは 
「北海道開拓の村」に移設・復元された 他の建築物を紹介する


北海道開拓の村 ~その7~


北海道開拓の村~その7~

北海道開拓の村にある移設復元の建造物を 2月26日から6回にわたり紹介したが
写真は雪に埋もれた様子だったので 今回改めて撮ってきた

今回はその続きで まず 
北海道開拓の村その1その2その3その4で紹介した建築物を雪の無い状態と比較した写真を紹介

北海道開拓の村管理棟 「旧札幌停車場」
現JR札幌駅の前身
1908(明治41)年築のもの 当時の5分の一で復元

1-1旧札幌停車場(1)

旧札幌開拓使札幌本庁舎
北海道旧本庁舎(赤れんが庁舎)の前身
1873(明治6)年完成したが 6年後に火災で焼失
2-1旧開拓使札幌本庁舎 (1)

旧浦河支庁庁舎
北海道庁の出先機関 後に日高支庁と改称
1932(昭和7)年築のもの
4-1浦河支庁庁舎(1)

旧近藤染舗
1894(明治31)年徳島県から旭川市へ移住し創業した染物店
1913(大正2)年新築された店舗兼住宅
5-1旧近藤染舗(1)

旧手宮駅長官舎
小樽市手宮の駅長官舎
1984(明治17)年築のもの
8-1手宮駅長官舎(1)

旧開拓使爾志通洋造家
札幌市内開拓使の官舎
1878(明治11)年築のもの
9-1旧開拓使爾志通洋造家(1)

旧有島家住宅
札幌市白石区 有島武郎が32歳の頃住んでいた住宅
1904(明治34)年築のもの
10-1旧有島家住宅(1)

旧福士家住宅
札幌市中央区北海道開拓に貢献した福士家の住宅
明治時代のもの
11-1旧福士家住宅(1)

旧松橋家住宅
明治初期に秋田県から札幌に移住した都市生活者の住宅
1897(明治30)年頃のもの
12-1旧松橋家住宅(1)

旧開拓使工業局庁舎
札幌市中央区 1877(明治10)年のもの
13-1旧開拓使工業局庁舎(1)

旧近藤医院
古平町で開業時に建設された病院
1958(昭和33)年のもの
14旧近藤医院(1)

旧札幌警察署南巡査派出所
札幌市中央区南1条にあった派出所
1911(明治44)年のもの
15旧札幌警察署南巡査派出所(1)
(この日(8月25日)は派出所の警察官がボクを敬礼で迎えてくれた)

当時は人や物の運搬に馬が使われていた
夏場は線路を利用した観光馬車で村を一回り
3-1馬橇(1)

旧来正旅館 旧三〼河本そば屋は修理中のため囲いで覆われていた

つづく

北海道開拓の村 ~その6~

「北海道開拓の村」に移築・復元された歴史的建造物の紹介
第6回

旧武岡商店

旧徳島藩の家老稲田邦植に従い 
1871(明治4)年に淡路島から静内郡に移住
1882(明治15)年から米穀・雑貨・荒物などを扱った
本格的な店舗兼住宅を新築し 1901(明治31)年には郵便局を開設
この地方の商業発展に貢献した

旧所在地 新ひだか町東静内
建築年代 1898(明治31)年
復元年  1983(昭和58)年

旧武岡商店1
(旧武岡商店)


旧大石三省堂支店

札幌で修業した大石泰三(菓子職人)が1925(大正14)年に帯広町の繁華街に店舗を求め
菓子の製造販売を始めた建物
切妻平入で店舗兼住宅 それに併設した工場を再現

旧所在地 帯広市東2条南5丁目
建築年代 1907(明治40)年頃
復元年  1986(昭和61)年

旧大石三省堂支店1
(旧大石三省堂支店)

旧太田装蹄所

札幌から江別に通じる道路(現在の国道12号線)沿いで1924(大正13)年から1945(昭和20)年まで営業していた装蹄所
装蹄所は当時馬が物資の運搬や農耕の主役であり 何処の町にも欠かせない職種であった

旧所在地 札幌市中央区北1条東11丁目
建築年代 大正初期
復元年  1990(平成2)年

旧太田装蹄所1
(旧太田装蹄所)


旧藤原車橇製作所

1898(明治31)年兵庫県出身の宮大工工藤信吉が深川に入植
1903(明治36)年に妹背牛で車橇製造を開始 
以後3代にわたり営業を続けた
開業以来使われた車橇製作所を再現したもの

旧所在地 妹背牛町本町
建築年代 1903(明治36)年
復元年  1986(昭和61)年

旧藤原車橇製作所1-1
(旧藤原車橇製作所)

kyuu藤原車橇製作所4-1
(旧藤原車橇製作所 内部の様子)


旧本庄鉄工所

1925(大正14)年から昭和50年代まで使用されていた本庄鉄工所
この鉄工場は明治30年代から2代にわたり営業
石狩川河口の旧市街で漁具や漁船の付属品 農具などを製作していた
開拓地には欠かせない鍛冶屋であった

旧所在地 石狩市親船12
建築年代 1897(明治30)年頃
復元年  1985(昭和60)年

旧本庄鉄工場1
(旧本庄鉄工所)

*写真は2月17日に撮影したもので 建物および周辺は雪で覆われていた
現在は雪もかなり少なくなっているものと思われる

次回に続く


北海道開拓の村 ~その5~

「北海道開拓の村」に移築・復元された歴史的建造物の紹介
第5回

旧北海中学校

1908(明治41)年から翌年に建設された旧北海中学校の本館部分
創立は1905(明治38)年で前身は1885(明治18)年に設立した私立北海英語学校

旧所在地 札幌市豊平区旭町8丁目
建築年代 1909(明治42)年
復元年  1982(昭和57)年

旧北海中学校1-1
(旧北海中学校)


旧島歌郵便局

北海道で近代郵便の取り扱いが始まったのが1872(明治5)年
現瀬棚町に島歌郵便局が1886(明治19)年に設置された

旧所在地 瀬棚町北島歌
建築年代 1902(明治35)年
復元年  1985(昭和60)年

旧島歌郵便局1-1
(旧島歌郵便局 今ではほとんど見られなくなった赤いポストがある)


旧山本理髪店

大正期の洋風建築の特徴を表す切妻屋根 玄関の雨よけアーチが理髪業とよくなじんでいる
北海道神宮裏参道沿いの「床屋さん」として親しまれてきたようだ

旧所在地 札幌市中央区南1条西24丁目
建築年代 大正末期
復元年  1987(昭和62)年

旧山本理髪店1-1
(旧山本理髪店)


旧渡辺商店

中頓別は明治30年代に砂金堀りで賑わい 1916(大正5)年の鉄道開通後は交通の要所として発達
この建築物は中頓別市街地の建てられた雑貨店

漆喰仕上げの土蔵造は石造やレンガ造とともに耐火・耐寒を目的とした構造で 北海道では珍しい建物

旧所在地 中頓別町字中頓別
建築年代 大正前期
復元年  1989(昭和元)年

旧渡辺商店1-1
(旧渡辺商店 漆喰仕上げの土蔵造)


旧龍雲寺

北海道開拓期の農村では村が開かれると まず開拓者のよりどころとして寺社が建立された
寺はある時は学校で 託児所であり村の集会所でもあった

1886(明治19)年に創建された篠路山龍雲寺はこのように開拓の歴史を物語る寺である

龍雲寺1-1
(浄土宗 旧龍雲寺)

龍雲寺2-1
(浄土宗 旧龍雲寺)


旧浦河公会会堂

1880(明治13)年神戸で北海道開拓会社「赤心社」が設立し 
翌14年から浦河の西舎村や荻伏村に結社移民として入植

「赤心社」の指導者の多くはキリスト教徒で 1886(明治19)年に「浦河公会」が組織された
この会堂は明治17年の日曜学校兼会堂に次ぐ2代目の礼拝・集会所である

旧所在地 浦河町荻伏
建築年代 1894(明治27)年
復元年  1985(昭和60)年
 
浦河公会会堂1-1
(旧浦河公会会堂)

*写真は2月17日撮影のもの

次回に続く



北海道開拓の村 ~その4~

「北海道開拓の村」に移築・復元された歴史的建造物の紹介 第4回

旧有島家住宅

日本近代文学史上代表的作家の有島武郎が1910(明治43)年から翌年の7月頃まで住んでいた住宅
有島武郎は明治11年生れなので住んでいたのは32歳の頃となる

旧所在地 札幌市白石区菊水
建築年代 1904(明治37)年
復元年   1979(昭和54)年

有島武郎住宅1
(旧有島住宅の外観)

見学出来るのは一階住宅部分
和室・床の間の様子

有島邸2-1

茶の間は資料室になっている
2階の8畳間が書斎となっているが 見学禁止

有島武郎の作品「生まれ出づる悩み」の中に 豊平川右岸のリンゴ園の中にあった借家とあるのがこの家とのことで
この家で有島は「或る女のグリムプス」を書き 雑誌「白樺」に連載を開始した

有島邸1-1
(茶の間部分が現在資料室となっている)


旧福士家住宅

幕末から明治期に造船・通訳・気象観測・測量などで活躍し北海道開拓に貢献した福士成豊が明治半ばから1922(大正11)年まで居住した建物

旧所在地 札幌市中央区北4条東1丁目
建築年代 明治時代
復元年  1980(昭和55)年  

明治前期の洋風建築と明治後期の和風住宅を接続した特異な建物

旧福士家住宅1-1
(旧福士家住宅)


旧松橋家住宅

明治・大正・昭和にわたる都市生活者の住宅
松橋家は明治初期に秋田県から札幌に移住し 農業及び土地会社経営に従事

旧所在地 札幌市中央区北1条東7丁目
建築年代 1897(明治30)年頃
復元年   1961(昭和56)年

旧松橋家住宅1-1
(旧松橋家住宅)


旧開拓使工業局庁舎

開拓使工業局は1873(明治6)年に設置
道路・橋梁・官庁・学校等の建設をはじめ 家材・機械・農具・車両などの製造事業を行った

旧所在地 札幌市中央区大通東2丁目
建築年代 1877(明治10)年
復元年   1979(昭和54)年

旧開拓使工業局庁舎1-1
(旧工業局庁舎)

この建物は明治初期の洋風事務所建築の特徴を示している
開拓使工業局は北海道開拓の発展に大きく貢献した


旧近藤医院

1900(明治33)年に函館病院から古平病院長として招かれた近藤清吉が同町で開業時に建てた病院
1958(昭和33)年まで使われている

旧所在地 古平町大字浜町
建築年代 1919(大正8)年
復元年   1984(昭和59)年

旧近藤医院1-1
(旧近藤医院)

旧近藤医院院内1-1
(旧近藤医院 院内受付窓口・調剤室)



旧札幌警察署南一条巡査派出所

旧所在地 札幌市中央区南1条西1丁目創成川縁
建築年代 1911(明治44)年
復元年   1978(昭和53)年

旧札幌警察署南一条巡査派出所1-1
(旧札幌警察署南一条巡査派出所)

1885(明治18)年札幌創成橋の脇に建てられた交番は木造で札幌創成橋交番と呼ばれていた
その後 篤志寄付でレンガ造りとなった
壁のレンガは小口面と長手面を交互に積むイギリス積と呼ばれる工法が用いられている


それにしても どの建物も周りは雪の山
見学者入口(玄関前)の雪かきだけでも大変 管理には莫大な費用がかかりそうだ

*写真は2月17日撮影のもの

次回に続く



プロフィール

KEARASHI

Author:KEARASHI
2013年10月リタイアをきっかけに、木彫・木工クラフト工房を開設しました。
木に新しい命を吹き込むという思いを込め、「萌樹工房」(もえぎこうぼう)と名付けています。
ブログでは、工房の様子や他の趣味等を載せていきます。

カレンダー
08 | 2019/09 | 10
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 - - - - -
リンク
最新コメント
カテゴリ
月別アーカイブ
最新記事
カテゴリ別記事一覧
検索フォーム
QRコード
QR
天気予報

-天気予報コム- -FC2-
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文: