プロフィール

KEARASHI

Author:KEARASHI
2013年10月リタイアをきっかけに、木彫・木工クラフト工房を開設しました。
木に新しい命を吹き込むという思いを込め、「萌樹工房」(もえぎこうぼう)と名付けています。
以前から続けてきた手作りでのクラフト創作で、主に手先・目そして頭を使うことで多少なりとも老化速度を遅らせる効果を期待している。
ブログでは、工房の様子や他の趣味等を載せていきます。


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まとめ

プロジェクトの支援です

以前に作った 稚内の養鶏場「カヤニファーム」さんの看板

看板1
写真はブログ「最北に暮らす~その2」より借用

「カヤニファーム」さんでは
現在クラウドファンディングのプロジェクトで支援を募っている

クラウドファンディングとは

インターネットを介して不特定多数の個人から資金(支援金)を集めるサービスで 新しい資金調達の手段として注目され 世界中で多数のサイトが存在する 
 
つまり個人の活動をアピールし 支援を募る仕組みだ

「カヤニファーム」さんは稚内へ移住後 養鶏場を経営し 
「わっかない上勇知の平飼いたまご屋さん」として 地域に根ざし愛されながら活躍している

今年で10年目を迎えるにあたり 卵の安定供給を目的とし 鶏舎建設費用の建材購入のための支援クラウドファンディングのプロジェクト(目標額1,000,000円)を立ち上げている

今日現在で 961,000円 あとひと息
だだし残り2日 3月末で終了する 

鶏をのびやかに 自然なままに平飼い飼育し 
地元産北海道産100%飼料 
無添加にこだわる自然卵養鶏に取り組み

「宗谷のしおかぜたまご」 として販売中

しおかぜ卵
写真はブログ「最北に暮らす~その2」より借用

経営者は二児の若いご夫人 地域で様々な活動を通してご活躍中

また ご主人は「ゆうち自然学校」の主催者で 
子ども 親子を対象に周年様々な体験プログラムを行っている

お二人とも地域に根ざし なくてはならない存在となっている

カヤニファームさんのブログ
「最北に暮らすその~2」の中にクラウドファンディングプロジェクト「稚内から!宗谷の鮭と利尻昆布を食べた鶏の卵を全国に届けたい!」の詳細な趣旨が掲載されている

 是非ご一読を



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スキージャンプの伊藤有希選手です

ジャンプ1

今シーズン ノルディックスキーワールドカップ(W杯)ジャンプ女子で 5勝を挙げ大活躍した伊藤有希選手(下川町出身 土屋ホーム)が先日留萌市を訪れました

2年連続W杯総合優勝に輝いた高梨沙羅選手の陰に隠れていた存在でしたが  今年はW杯総合2位 
ノルディック世界選手権2大会連続の銀メダルを獲得 努力と才能が開花したシーズンでした

母親が留萌市出身で 親戚が多く 祖母を訪ねてきたのです

当市は第2のふるさとで『留萌でリフレッシュし、ばあちゃんの作ってくれるご馳走を食べるのが何よりの楽しみ』とのこと

女子のジャンプ競技が初めてオリンピックに採用された3年前のソチでは 祖母の見守る中 表彰台に届かなかったことが悔しくずっとリベンジの気持ちが強く 来年の平昌(ピョンチャン)オリンピックでは「金」の決意を新たにしているようです

おばあちゃんは このお孫さんの出場する国内のほとんどの大会に出向いて応援し 

『「孫の勇姿にいつも元気をもらっている 試合が近づくと背筋が伸びるし 毎年冬が楽しみ」と満面の笑みを浮かべると 伊藤さんは「私も ばあちゃんが見に来てくれるので頑張ることができる」と笑顔を返していた』

とのことです。

『  』は2017年3月26日付北海道新聞の記事を引用

ジャンプ2

平昌(ピョンチャン)オリンピックでは このように
テレマーク姿勢を決め 

高梨選手と一緒に ぜひ
金・銀メダルをとってもらいたいものです 


ところで うちのお多福さんも 
孫に「ばあちゃんのご飯はとってもおいしい」と言われ 

いつも 喜んで 
遊びに来たときは 孫のため

一生懸命に ご馳走を作っているのです


うさぎ追いし かの山

幼時探訪です

ふるさと

♪♪
うさぎ追いし かの山 こぶな釣りし かの川
夢はいまもめぐりて 忘れがたき ふるさと

いかにいます 父母 つつがなしや ともがき
雨に風につけても 思いいずる ふるさと

志を果たして いつの日にか帰らん
山は青きふるさと 水は清きふるさと

これは「ふるさと」
大正3年 小学校(当時の尋常小学校)6学年用として発表された唱歌

子どもの頃の野山の風景を遠い地から懐かしむ内容で 
生まれ故郷から離れて学問や勤労に励む人の心情を歌っている

ボクも小・中学生の頃は春夏秋冬問わず 山・川そして海へ友だちとよく遊びに行き
ふるさと と言えばこの遊んだ村です

山では ブドウ・クワノミ・グミ・グスベリ・野イチゴ・コクワ等々食べれるものは何でも採りに
そして冬にはスキーをしたものです

川では 水泳 川カジカ ドジョウ ウグイ アメマス ヤマベ釣り カワガニ 川エビなども獲り 
この歌詞のとおり 「忘れがたき ふるさと」で 楽しい思い出はたくさんあるのですが 

今振り返ると 後悔というか 何か後味の悪い思い出があるのです

というのは 先輩のガキ大将がいて
彼に強制的に気の進まないことをさせられたことがあるからなのです

それは 今で言う 動物虐待です
動物虐待は色々あるのですが

その中の1つが うさぎの捕獲です

冬の月夜には うさぎがよく歩き回るので 夕方にスキーを履いて山へ出かけ 捕獲用の仕掛けをし 朝に確認するのですが
結構な数を捕獲していたのです

うさぎ2-2 名月-1 

捕獲したうさぎは 食用にするのです 
近所に皮を剥いでくれる老人がいて その方にお願いし お礼として皮を渡していた

確かに貴重な蛋白源でした

うさぎは可愛い動物なので ボクにとっては動物虐待の範疇に入るのですが
一方害獣でしたので 耳の皮を営林署に持っていくと いくらかのお金がもらえたのでした

うさぎの捕獲以外にも あまり積極的には参加できなかった遊びがありました
鳥の巣から卵を取り出したり 蛇やら 蛙をいじめたり・・・ 

そんな遊びが 楽しいと感じ 行動がエスカレートしていたら 大変な大人になるところでした

その村を離れてからも 動物虐待遊びを思い出すたびに 心が痛むのです 



ところで ボクが小学生の頃 
「うさぎ追いしかの山」という歌詞が

「うさぎ美味し かの山」と勘違いし 
「あの山にいるうさぎは美味しい」
と思いながら 歌っていたのです 

うさぎ獲りに行くときは 
いつも勘違いしていたこの歌詞を思い出していたのでした





スキーの滑り納めです

カムイスキーリンス1-2
これは旭川市神居町にある市所有のスキー場
カムイスキーリンクス 民間が運営している

旭川市から車で30分 留萌市からは1時間15分程度
山の名は神居山 標高750mで麓までは600mの標高差

過去には全日本スキー選手権大会(アルペン部門)が開催されたこともある
 
今年の滑り納めです

カムイスキーリンクス6-1

コースは初級から上級向けまで10コース
索道は ゴンドラ1本 ペアリフトが5本

カムイスキーリンクス8-1
頂上付近からの風景

カムイスキーリンクス12-1
中腹からの風景 深川方面の盆地が見渡せる

4枚スキーコラージュ1

この日は3連休の中日
3月 スキーシーズンはもう終わり
あまり人はいないと思って来てみたら 結構いました

このスキー場は4月3日まで
3月まで滑ることはほとんどないのだが 
何故か無性に滑りたい気分になった

カムイスキーリンクス11-1
 
スキー教室の生徒がいた
検定試験なのかもしれない

とにかく若い人は体力があり 足腰が強いから一気に滑っていく
小生は転んだら 骨の1本以上は折れるので 無理はしない

カムイスキーリンクス10-1
ここが最大斜度の斜面
下まで一気には行かず 2~3回休みながら滑ることにする

初級コースには年長さんか小学1年生くらいの男の子が お父さんと滑っている
上手だ 感心 感心

カムイスキーリンクス14-2

20年以上も昔のこと
よく娘たちを連れて
一緒に滑ったことが思い出される 

非常に楽な冬でした

もうすぐ春分の日
日の出は5時41分 日の入りが17時43分

日一日と日差しが強くなり 日没時間も遅くなっている

今冬は雪も少なく 大変楽なシーズンだった

降雪量は平年の6割以下

今日(17日)現在の積雪は24cm
札幌市の積雪量は59cm 旭川市が52cmですから いかに少ないかが解る

北海道が悪天候になると いつも全国放送で留萌市の吹雪の様子が放映されるが
それほどでもない 報道は大げさなところがある

雪解け1-2 雪解け2-2

家の前の道路には 雪はもうほとんど無い
いつもは まだ雪が残り 1車線道路なのだ

雪解け3

駐車場も 毎年この時期は氷割しているのだが
今年はその必要がない

雪解け8-2

庭には積んだ雪が残っているが 少ない

雪解け4

これは融雪機
昨年は 7~8回使ったが 今年は1回のみ

融雪機をなるべく使わないように 片道50mの距離を往復して雪を他の場所へ運んでいる
降雪量が多い時で20往復 少ない時でも10数回往復する

冬の体力づくりには 雪運びが一番
10数回の往復で汗びっしょり

融雪機をなるべく使わないもう一つの理由は
経費節減

融雪機は 装置内の灯油ボイラーで水を温め シャワーで雪を溶かす
30分で灯油ポリタンク1缶(18リットル)使う

雪が降る度に使うと かなりの経費となるので
吹き溜まりがひどく どうしようもない時以外は使わない

人力が一石二鳥

当市では 年々冬の厳しさが和らいでいる
雪が多く 風も強く 青空が見られない所というのが特徴であったが
ここ数年 吹雪が少なく 青空も見られ 何より雪が少なくなっている

こらからも もっと過ごしやすい所となるよう願っている
 

増毛町出身力士「琴若」の追悼展

隣町 増毛町の話題です
「増毛」と言っても今回は「毛」の話ではありません

大相撲春場所が始まりました
日本人横綱が誕生し 相撲人気が高まっています

  追悼展案内板

3月21日までの日程で
増毛町元陣屋にて増毛町出身の力士「琴若展」が開催されています

  追悼展2

昨年3月に61歳で亡くなり その足跡をたどる追悼展です

「琴若」は 同町雄冬の出身で1971年(昭和46年)港で働いていた時 怪力を見初められ佐渡ヶ嶽部屋に入門
同年7月に初土俵を踏んだのです

  入門

初土俵当時の写真 (17歳)

1977年(昭和52年)9月場所では 全勝で幕下優勝し 十両に昇格

幕下優勝パレード3

故郷での優勝パレードの様子と 当時の広報誌

1978年(昭和53年)には新入幕を果たし 
1979年(昭和54年)1月場所に最高位の前頭2枚目まで昇進

身長は197cm 体重139kgの恵まれた体格で
当時は「電信柱」「コンコルド」のニックネームが付けられていました

しかしその後 右膝を負傷するなど怪我に苦しみ 
徐々に番付けを落とし 1985年(昭和60年)に引退
幕下14枚目でした

断髪式4

佐渡ヶ嶽部屋での断髪式の様子

断髪式5

当時の佐渡ヶ嶽親方と

このころ 北の湖 輪島 千代の富士 貴ノ花 高見山などの力士が活躍していました

引退後は東京都内のちゃんこ料理店で修業した後 
留萌市内で相撲料理店「琴若」を開店していたのですが

2015年(平成27年)に体調悪化
昨年3月に亡くなったのです

この度 増毛町で郷土が生んだ「琴若」という力士の偉業とその存在を知ってもらい 
在りし日の「琴若」をしのぶため 町教育委員会が主催で追悼展が開催されているのです

化粧まわし1

「琴若」の化粧まわしと 幕下優勝記念カップも飾られていました

過去には「相撲王国北海道」と言われ 相撲界の歴史に残る名力士を輩出していましたが 現在本道出身の関取は旭川市出身の旭大星(十両西6枚目)ただ一人です

何とか頑張ってもらいたいものです


ソメイヨシノの天敵がやって来ました

この数年見なかった野鳥がやってきた

うそ6-2

うそ7-2
この鳥はウソという鳥

ウソ(嘘)でなくてホントです
 
スズメよりは少し大きく ふくらみがあり
くちばしは黒く 短く 多少太い

頭 羽 尾は黒く 羽に白線がある
体は灰色で 首の部分が赤い 
赤いのはオスで メスは赤くない

何を食べに来ているのか

これだ

うそ5-2

桜(ソメイヨシノ)のつぼみを食べている

ナナカマドの種子なども食べるようだが
ウメやサクラのつぼみを食べるという

とくにソメイヨシノが大好物
ナナカマドには目もくれない


うそ

4年ほど前に つぼみがほとんど食べられ 全く花が咲かなかったことがあった

野鳥が庭に来るのは楽しみではあるが 
花見が出来なくなるのは さみしいことである

いまのところ 見かけるのは一羽だけなので
少し様子をみよう


映画「母」

久しぶりの映画館での映画鑑賞でした

母

題名は「母」
三浦綾子原作で山田火砂子監督の作品

母というのは 小林多喜二の母(セキ)です

小林多喜二は1903年に東北の貧農の家に生まれ 親に楽をさせる為に苦学して小樽で銀行員になり 21歳で仕送りの出来る安定した生活を約束されていたのですが

貧農出身の彼はもともと権力・抑圧者への反抗心を持っていたので 反戦主義者が大量に逮捕された3・35事件を題材にした小説を書き 国家の横暴(特高警察の残虐性)を訴える決心をしたのです

このことが特高警察から恨みをかい
さらに 帝国軍隊を批判したことが不敬罪に問われ
「蟹工船」とともに発禁処分を受け 
銀行からは解雇処分を受けることになるのです

いわゆる治安維持法の乱用です 

1933年2月非合法組織の同志と会うために東京都内の路上にいたところを逮捕され
同日思想を変えることをあくまで拒否した彼は 特高警察の拷問によって虐殺された

まだ29歳の若さだった

彼の亡骸を見たものが この拷問がいかに残虐の限りを尽くしているかが克明に記録を残しているのですが
警察が発表した死因は心臓麻痺

母親は多喜二の身体に抱きすがり
「嗚呼 痛ましい・・・よくも人の大切な息子を こんななぶり殺しに出来たもんだ 
警察だからと言ってこんなことして いんだべか」

そして「それ もう一度立たねか みんなのためもう一度立たねか!」と
涙は慟哭となるのです

三浦綾子が「小説「母」を書いて」と題して次のように書いている

愛する息子が銀行をグビになったと知ったときの母セキの受けた衝撃は どんなに大きかったことであろう
すでに特高刑事が訪ねて来ていたこともあり 母親であるセキの嘆きは想像にあまりある

だが セキは多喜二の生き方を信頼していた
多喜二のすることに間違いがないと確信していた

母セキは 多喜二が少年の頃から小さな店を営んでいた
多喜二たち兄弟は 母親に今日一日の出来事を告げたくて 我先にと話すので 時に客の訪なう声を聴きもらした
そしてパンや飴が盗まれていることがあった 

そんな時セキは
「なんぼ腹が空いていたんだべか」
と心からなる同情の言葉を発した 

この母セキの貧しい者への愛が 多喜二をして 自分だけの生活に安住させなかったのであろう 

そしてついには命まで失ったのである と

監督の山田火砂子はこれまでもクリスチャン映画を三部作っており 二度と多喜二をつくらない国になってほしいとの願いで 多喜二とイエス・キリストの死を重ね合わせ 先立ってしまった息子を信じ続ける母親の姿を見事に描いた

このセキ役を演じた寺島しのぶの演技が また素晴らしい

原作者の三浦綾子と 監督の山田火砂子の意思を充分に汲み 
多喜二の母になりっきって演じた映画でした

久しぶりに涙しました


ところで 
いまどき「教育勅語」を朗唱させている所があるんですね
しかも幼稚園です

民主的教育ではなく 
大日本帝国憲法下での教育ですから
憲法違反の疑いがあるとのこと

憲法違反ですよ!

意味が良くわからない子どもにそんな教育をする所に
通わす親がいるんですね

もっと理解できないのは 「教育勅語」の朗唱
また「安保法制国会通過良かったね」などを聞いて

素晴らしい教育を実践していると感銘を受ける政治家等がいたことです








ひな祭りです

今日は3月3日「ひな祭り」
旧暦の3月3日は桃の花が咲く時期で 「桃の節句」とも言うようだ

ウチは娘が3人 姿だけは豪華な(中身は安価な)7段飾りの雛人形を飾っていた
3日が終わるとすぐ片付けていたからか それぞれ嫁に出てくれた 

我が家では 毎年 しばらくはその雛人形を飾っていたが

数年前から 手作り木工雛を飾っている

おひなさま1
パズル風雛人形だ

これを取り出すと

おひなさま2
こうなる
30cm四方に収納できるので取扱・保管に便利
収納ケースの底に金紙を張ると 金屏風となる

昨年市内のカフェに置いたが 1個だけしか売れなかった
と言うのは 結構良い材料を使っているので それなりの値がつくのです

イイネとは言ってくれるが良い値だったのです

   おひなさま3
これは手書きされたものを和紙に印刷した お内裏様とお雛様
知人からいただいたもので 壁に掛けている

このように
昔は男雛は向かって右 女雛は左の配置のようでした 
お雛様の位置から見ると 左が上位だったのですね

明治の文明開化で西洋化し 大正天皇から右(向かって左)に立ち
それが皇室の伝統になったとのこと

これに習い

おひなさま4
このように並べ 新たに金屏風を背後に置き 赤い毛氈を敷き

さらに後で食べる桜餅を飾りました

おひなさま5 おひなさま6

これは お祝い用の砂川北菓楼のバームクーヘン
先日お邪魔した時に ローズミンタラの大福さん・豆福さんにいただいたもの

食べたい人は早く我が家へ来てください

ゆっくり いただきま~す!


「みまもりんご」グッズの完成です

砂川市高齢者見守り運動イメージキャラクター「みまもりんご」グッズが予定より早く完成

お気に入りデザインの「みまもりんご」
2月上旬に砂川市からデザインの使用が承認され この度何とか出来上がり 市の担当課へ報告書を提出

その足で お世話になった砂川市の「ローズミンタラ」さんへグッズ持参で報告

大変喜んでもらったのです

グッズは7種類

まずは 時計
時計
置いても 壁に掛けてもよし
置く部屋に応じて 大きさを変えて製作可能

レターボックス
レターボックス
市町村観光キャラクターグッズのものはニシンを運ぶ「モッコ」をデザイン化しているが 
ちょっと穴をあけてみたら リンゴ篭のイメージとなった

ペン立て
ペン立て
まさしく アッポーペン(apple+pen)

あと
パイナップルのキャラクターを探している
P・P・A・Pが完成する

ティッシュボックス
ポケットティッシュボックス
街を歩いていると よくポケットティッシュをもらう
溜まり過ぎるので これに入れると使い易い

カッププレート
カッププレート
コーヒーカップでも お茶椀を置いてもよし
コースターの用途

テープカッター
テープカッター
カッターの刃をまだ付けていなかった時の写真でした

知育パズル
最後に知育パズル
幼児用だが なめてかかるとタイヘンだ
一度バラバラにすると結構難しい


この日「ローズミンタラ」の大福さんが「みまもりんご」生みの親のデザイナーさんを呼んでくれた
予想どおり若い女性だった

キャラクターのデザイナーさんとのご対面はなかなか出来ない
初めてだ

グッズを見て予想以上に喜んでくれた
大変光栄なことで今後の励みになる


この「みまもりんご」グッズは
5月14日(日)砂川市地域交流センター「ゆう」で開催の「ZAKKA(雑貨)フェスタ」でデビューの予定

チラシ
見守り運動の一助になれば と思っている

何度も手作り市などに出していると そのうち浸透するでしょう

このグッズについては 私設バラ園ローズミンタラさんのブログでも早々とPRしていただいてます

是非 開いてみてください



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