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北海道命名の地

北海道は 明治2(1869)年北海道と命名されてから150年を迎え その節目として種々の事業が展開 予定されている 

8月5日には記念式典が開催されるとのこと

この「北海道」の名付けの親とされているのが 
松浦武四郎(1818~1888)(現在の三重県松阪市出身)

北海道では松浦武四郎の名はよく知られている

6月30日からは 北海道博物館にて特別展「幕末を生きた旅の巨人 松浦武四郎」展が開催される

先日「北海道命名の地」を訪れてみた

場所は上川管内北部音威子府村(おといねっぷむら)
北海道の地名はアイヌ語に漢字を宛てた地名が多い

この地は 本村から国道40号線を北に走り 国道から500mほど人里離れた場所
ここに「北海道命名の地」の標柱が立っている

北海道命名の地1

すぐ横は天塩川の河川敷 川のせせらぎが聞こえていた

標柱は 現高橋北海道知事の書であるので そう古いものではない

北海道命名の地2

「命名ゆかりの地」として 次のような説明が

安政4年(1858年) 武四郎はアイヌの人たちと共に天塩川を探査し 「天塩日誌」として書き残した
天塩川探査の帰途中 オニサッペ(地名筬島の鬼刺川付近)で故事に詳しいアイヌのアエトモ長老から話を聞いた

アイヌの通称である「カイナ」の「カイ」とは この国に生まれた者 「ナ」は貴人をさす尊敬の言葉である

これを聞いた武四郎は アイヌの人々は 自らその国を呼ぶとき 加伊(かい)と言い アイヌはひげが長いから蝦夷(かい)の字を用いたが もともと蝦夷地の蝦夷(えぞ=かい)とは加伊(かい)のことであると考えた

明治2年(1869年)7月 武四郎は道名に関する意見書を提出
候補に 日高見道 北加伊道(ほくかいどう) 海東道 東北道 千島道の六道を提示

この中から「北加伊道」が採用され「加伊」の字に北方の海に通じる「海」をあて 「北海道」の名が誕生した

北海道命名の地3

現在の「北海道」はまさにこの地でアエトモ長老と出会ったことから生まれたと書かれていた

この場所が長老が住んでいたコタン(集落)だったのでしょう

北海道命名150年と松浦武四郎生誕200年の本年 この「命名の標柱」を「北海道遺産」に申請していたようだが 登録一覧には掲載されていないので今回は見送られたのかもしれない

今回音威子府村(おといねっぷむら)を訪れたのは この「命名の標柱」と同じ筬島(おさしま)地区に 前回紹介したアイヌ彫刻家「砂澤ビッキ」のアトリエがあるので目的はこの施設を見学すること

この施設 エコミュージアムおさしまセンター「アトリエ3モア」については 後日紹介したい






半端ない「くまだ とまお」のペン立て

「クマ」と「風車」で「町おこし」をしている留萌管内苫前町のイメージキャラクターは「くまだ とまお」

当初は「とまお」だけだったが 町長さんが「くまだ」の苗字を付けたようだ

とまお

これまで道北の23市町村からご当地キャラクターのデザイン使用許可を受け 木工クラフトグッズを制作しているが この「くまだ とまお」が一番難しい 

何が難しいかといえば 形状と細かい絵柄 そして色使い
結構 中間色を使っている

そして帽子に付けている地場産の「ホタテ エビ トマト メロン」は非常に細かい

とまお頭部分1

以前にもブログに書いているが
手書きにこだわっているものにとっては 

文字通り「半端ない」キャラクターである

「ペン立て」を当管内のキャラクターグッズに入れているが 

この「とまお」君だけは 材料のタモの木を切り抜いただけで数ヶ月ほったらかし
(写真下左端のとおり)

ペン立て勢揃い

この度 重い腰を上げ 色付けしてみた

くまだとまおペン立て1

くまだとまおペン立て2

それなりに仕上がった
しかし・・・ しかし・・・

これは 制作に時間と労力がかかり過ぎるため
販売には不向き

展示会用として
一個だけにして 工房に飾っておくことにしよう


川村カ子ト アイヌ記念館の紹介

今年度の「日本遺産」に「大雪山系周辺のアイヌ民族文化」が文化庁から認定された

北海道では
檜山管内江差町の「ニシンの繁栄が息づく町」
函館市など日本海側市町の「北前船寄港地・船主集落」に次ぎ3例目の認定

今回は上川町など12市町が申請したのは「カムイと共に生きる上川アイヌ~大雪山のふところに伝承される神々の世界」
アイヌ民族の伝承が伝わる大雪山系周辺の景観や儀式 舞踏が一括して認定

上川アイヌは「川は山へさかのぼる生き物」と考え 最上流の大雪山系は最もカムイモシリ(神々の国)に近いカムイミンタラと位置づけてきており この12市町にはアイヌ民族の多くの伝承や 大雪山系の恵まれた自然がある

今回旭川市内で アイヌの歴史と文化を知ることが出来る「川村カ子ト アイヌ記念館」を訪問した

この記念館はアイヌ自らが運営する道内最古のアイヌ博物館
川村家は上川アイヌの名家で 第七代当主イタキシロマによって 102年前の1916(大正5)年に開設

その後 長男の川村カ子ト(カネト)が二代目館長として引き継ぎ 現在の記念館に改称

当時のアイヌの生活を写す品々 伝統を守り伝え 近文コタンに生きる人々などが紹介されている

川村カ子トアイヌ記念館パンフ

この館は 1963(昭和38)年に火災により親戚筋の砂澤ビッキに記念館の改装デザインを依頼し新築

現在はカ子トの子 川村兼一氏が三代目館長を務めている

川村カ子トアイヌ記念館1

館内では川村家一族の系譜 写真などが掲示

そして伝承体験の出来る広い舞台が設置されている

川村カ子トアイヌ記念館2

生活用品の数々

川村カ子トアイヌ記念館3

臼 糸巻 貴重品入れなど

川村カ子トアイヌ記念館7

装飾品

川村カ子トアイヌ記念館5

ゆりかご(Sinta シンタ)
家の梁から吊るして使用 シンタには「神々が乗る空を飛ぶ乗り物」という意味があるらしい

川村カ子トアイヌ記念館11

衣服類

川村カ子トアイヌ記念館4

川村カ子トアイヌ記念館8

壁を飾るゴザ(防寒を兼ねる) と暖簾らしいもの

川村カ子トアイヌ記念館6

儀式用酒杯など

川村カ子トアイヌ記念館9

北海道の代表的な民芸品「木彫り熊」は旭川近文アイヌから始まったとされている

北海道と名付けられて150年 150年前はアイヌにとって本来の生活が出来なくなる始まり

特に旭川は他の土地より複雑な事情を抱え 何度も土地を追われ 生活が激変し 理不尽な暮らしを余儀なくされた近文アイヌたちは涙を流しても 歌い 踊り 語り合いながらたくましく道を切り開き 「木彫り熊」を誕生させたという歴史があるようだ

川村カ子トアイヌ記念館14

ビッキの作品

砂澤ビッキとは
1931(昭和6)年旭川市生まれ 22歳で木彫を始め鎌倉へ移住し阿寒湖と鎌倉を拠点とし製作活動
1959(昭和34)年旭川市へ戻り 北海道と東京を中心に多くの展覧会に出展1978(昭和53)年上川北部音威子府村にて自身のアトリエを構え制作活動 野外彫刻も多数手がけ国際的にも評価が高い 
1989(平成元)年没
戸籍上の名は「砂澤恒雄(ひさお)」 ビッキは少年の頃からの愛称

川村カ子トアイヌ記念館10

最近まで記念館の前にはビッキ制作による高さ約8メートルのトーテムポールが立っていたが 14年前の台風により倒壊し 音威子府村のアトリエ「3モア」に寄贈されたとのこと

川村カ子トアイヌ記念館12
(台風被害前の写真)

また記念館敷地内には クマザサを用いたアイヌ式住居(チセ)とアイヌ民芸品店が併設されている
(民芸品店は午後5時を過ぎていたため既に閉店)

川村カ子トアイヌ記念館13

この記念館では ムックル(伝統楽器)制作・演奏体験 アイヌ伝統料理講習 アイヌ刺繍体験 古典舞踊体験 アイヌ文様切り紙体験など様々な体験プログラムを通して伝統を守り伝える活動活動展開をしている

「川村カ子トアイヌ記念館」は 年中無休 入館料は大人500円
住所は旭川市北門町11丁目

*ブログは「川村カ子トアイヌ記念館ホームページ」「3モア通信」などを参考にし
また 記念館内の展示品等の写真撮影 ブログへの投稿の許可を得ている

道の駅めぐり ~びえい「白金ビルケ」~

北海道は 昨年から「道の駅「」の登録ラッシュ

昨年は大空町の 「ノンキーランドひがしもこと」

そして 当別町の「北欧の風道の駅とうべつ」

今年3月には七飯町「なないろ ななえ」

4月 石狩市「あいろーど厚田」がオープン 
 
そして今回訪問したのが 5月12日オープンの美瑛町の「びえい白金ビルケ」
道内一番新しい 122番目登録の「道の駅」

旭川市から車で1時間ちょいの所で 
白金温泉の手前道道十勝岳温泉美瑛線沿いの「白金ビルケの森インフォメーションセンター」が 「道の駅」としてリニューアルした

びえい白金ビルケ

びえい「白金ビルケ」スタンプ

「道の駅」館内は 他の駅と比較し際立って珍しいものは無く 観光情報発信機能と物販が主だが 周辺関連施設が充実している

この広大な大雪山連峰に囲まれた「道の駅」敷地内には 地元の食材をふんだんに使用したテイクアウトもできるハンバーガーショップ(BETWEEN THE BREAD)

高品質・高機能なアウトドア・スポーツ用ウエア等のグッズを取り揃えた専門店(THE NORTH FACE)も並んでおり
駅建物の裏では若者が軽スポーツを楽しんでいた

びえい白金ビルケ2

また 白樺林の中に広大なパークゴルフ場があり 
こちらは年配者が足腰を鍛えていた

びえい白金ビルケ4

ここから2㎞先の最近人気の出ている「青い池」や この周辺のラベンダーやパッチワークの丘を巡る観光バスが多く走っており この日もアジア系の観光客を乗せたバスが何台か駐車場に入ってきた

おそらく 青い池からの帰りなのでしょう

びえい白金ビルケ3

ラベンダーやパッチワークの畑を巡る観光はこれから最盛期を迎える

これが人気の青い池 観光時期には道路が渋滞する

青い池3
(写真は昨年秋撮影のもの)

ところで「ビルケ」という意味は?

どうやら 「森」のことをドイツ語で「ビルケ」というらしい
この辺りは白樺の森と 道路は白樺街道だ 納得!

また
美瑛町には 11年前に登録された道の駅「びえい丘のくら」があり これで2駅を有することになった

道の駅「びえい丘のくら」は石倉を利用した建物で ここも最近館内をリニューアルしたようだ

道の駅びえい丘のくら

そして 美瑛町の街並みは美しい
市街地再開発事業で メインストリートは景観に気を使い建物を改築している

カントリーサインと街並み

美瑛町街並み

まだ訪れていない「道の駅」は
七飯町「なないろ ななえ」 のみ 来春行く予定

道内での今後の「道の駅」登録は
安平町に道の駅「あびらD51ステーション」が来春オープン予定とのこと 
「D51」だから SL機関車をテーマにした「道の駅}なのかも

また楽しみにしている




暑寒別岳と夕陽に浮かぶ利尻富士

昨日と今日の天候は晴れ

しかし最近 朝の気温は一桁台で 一旦片付けたポータブルストーブを出している
日中は16度前後

昨夜の夕陽はイマイチだったが 
例のヒグマが106年振りに出没したという利尻島の利尻富士が見えた

夕陽と利尻

水平線に雲がかかっていたので うっすらと山頂だけが写っている

夕陽と利尻1

今朝の黄金岬からの暑寒別岳

黄金岬と暑寒別岳

晴天だが山頂付近にだけ雲がかかっており
まだ雪が残っている

暑寒別岳

明日から又 天候が崩れる模様


利尻島にヒグマが出没

5月30日 利尻島にヒグマが出没

北海道であればヒグマの出没は珍しくない
長い冬眠から覚めたヒグマは 餌を求めて山から下りてくる

雪が溶け 草木が伸び出す季節になると楽しみにしていた人々が山菜採りに野に山に入る

当然 この時期になると ヒグマに出くわす
今年もあちこちで人に危害を与えたという報道がされている

ところで これまで利尻島にはヒグマは生息していないとされていた
利尻島の砂浜にヒグマとみられる足跡があるのを地元の男性が発見
 
利尻富士町史によると1912(明治45)年 天塩町から対岸の利尻島までヒグマが約19kmの海を泳いで渡った直後に駆除された記録があるとのこと

それから 106年振りらしい
足跡が発見されてから 広い範囲で糞なども見つかり 島内にとどまっていることが確認されている

自治体や警察による対策会議が開かれ ヒグマは人の住む地域に出没する可能性は低いとされ 当面は駆除せず 登山や山菜採りで山に入る人に引き続き注意を呼び掛けているそうだ

色気づいたヒグマの雄が雌を求めて島に渡ったという説があるが 
そこに島があるから行ってみようとヒグマは考えるのか?

漂流して島にたどり着いたのか?
このクマに聞いてみなければ分からない

観光客はヒグマよけの鈴を持ち歩き ホテルでは 鈴の売れ行きが例年より数倍とのこと
島民は「タケノコより命の方が大事だわ」と言っているとか

島民(とうみん)と冬眠(とうみん)から覚めたヒグマとの駆け引きは続く

ところで話は変わるが
ヒグマといえば 当留萌管内苫前町のヒグマは有名

1915(大正4)年 当町三毛別(三渓)で開拓民を襲った事件がある
(三毛別熊事件)

これは一頭のヒグマが1週間にわたって開拓部落を襲い 7人を殺した悲惨な事件
吉村昭の小説「熊嵐」はこれを題材にしている

この熊事件を逆手に取って「まちおこし」をしている苫前町
町役場庁舎前には 

5メートル以上ある 巨大なヒグマのモニュメント

苫前町ヒグマ

このまちのご当地キャラクターもヒグマだ
その名も「くまだ とまお」 
苗字のあるキャラクターは珍しい

しかも背面にも顔があり 手もある 
二頭分の強さだ

このヒグマは二頭分の頭を持っているくらいだから 相当賢い
まさか このヒグマが 利尻島へ泳いで渡ったのか?

そんなことは あるまい

また隣町の羽幌町には天売島と焼尻島の二島があり
天売島には野鳥240種が生息 ウトウは世界一の繁殖地
国内希少動物種のウミガラス(オロロン鳥)の生息地でもある

このオロロン鳥のモニュメントも国道沿いに立っている

羽幌町オロロン鳥 (2)

これもまた台座を除いても5メートルほどもある巨大なもの

このオロロン鳥のモニュメントは実物大(等身大)だと思っていた人がいた
としたら 恐竜の生き残りだ 

ヒグマの「くまだ とまお」は 当初天売島を目指したが
この「オロロン鳥」を怖がり 

利尻島へ泳いで行ったのかもしれない





音楽大行進

今年も北海道音楽大行進が旭川市で開催
(6月2日)

道内各地から98団体 3,900人が軽快な音楽を奏でながら市内目抜き通りを行進

まず幼児の部 11団体が参加
幼稚園 保育園児の行進 一生懸命です

音楽大行進1

この音楽大行進は全道規模では唯一の音楽祭

北海道警察カラーガード隊を先頭に
同音楽隊 自衛隊第2師団音楽隊とつづき

一般の部が行進
 
音楽大行進2

この日の気温は平年より3度ほど高めの24度前後
比較的強い日差しの中での行進です

小中高等学校の吹奏楽部がつづく

道央圏 稚内周辺宗谷管内 網走市 富良野市などの学校も参加
毎年賑やかになっています

少人数の学校は近隣学校との合同音楽隊を編成し参加していました

音楽大行進3

沿道で見守った人数は 約14万8千人(新聞報道)

元気な子どもたちの姿に そして中高校生の力強い演奏に熱い拍手を送っていました

行進は3時間ほど続き

行進の後 
市内中心部の4ヶ所ではアフターコンサートが開催

買物公園でも中・高生のコンサートが開かれていました

音楽大行進4

旭川市立北門中学校吹奏楽部の演奏です 
(2分30秒)



買い物客が足を止め 聞き入っていました

この日も
子どもたちの元気な姿を見て パワーをもらってきました

 

道東ドライブ その7

今回は 道東ドライブ最後の目的場所 
遠軽町の
「木のおもちゃワールド館 ちゃちゃワールド」

ちゃちゃワールド1

ここはもとは生田原町 
2005(平成17)年に生田原町 丸瀬布町 そして白滝村が遠軽町に吸収合併

合併前のカントリーサイン 

遠軽町カントリーサイン

今はもう
生田原町 丸瀬布町 白滝村のカントリーサインは消滅
貴重な写真となっている

「ちゃちゃワールド」は
世界約40カ国の木のおもちゃを集めた「木のおもちゃ館」

入り口では 大きな木のおもちゃが出迎えてくれた

ちゃちゃワールド2

からくりおもちゃ あやつりおもちゃ くるみ割り人形など数多展示されている

ちゃちゃワールド7

スイス 北欧などのおもちゃが多い

ちゃちゃワールド5

精巧な作りのものも たくさんある

ちゃちゃワールド6

江戸独楽というもの
元禄時代に流行した独楽をヒントに作った洒落っ気を楽しむ独楽らしい

ちゃちゃワールド11

ちゃちゃワールド9

はめ込みおもちゃや 蒸気機関車

ちゃちゃワールド13

ここは子どもたちが遊べる「遊びの広場」
子どもが喜びそうな 知育おもちゃもある

ちゃちゃワールド12

二階は
すべり台付きの木のプール 
木の自転車や木馬など子どもが遊べるコーナー

台所が付いた ままごとも出来る家もある

ちゃちゃワールド4

ちゃちゃワールド8

子連れで楽しめる大変すばらしい施設である
しかし 位置的にはちょっと遠い

この施設のもう一つの見所は
内部に併設している 「コロボックル影絵美術館」

影絵の巨匠「銀河鉄道の夜」で有名な藤城清治氏の作品30点が展示されており 
この施設のために作った大作 高さ9メートル幅18メートルの世界最大級の「光彩陸離」という作品は圧巻

また
下に波打つ水面 左右に鏡を設置 合わせ鏡の要領で永遠に絵が続いている「かぎりなき夢のプレイランド」と 「森のサーカス」を始め 北海道のこびと伝説「コロボックル」を題材にしたものがある

作品は撮影禁止で 著作権の関係でアップ出来ないので 是非一度 ネットで捜してみるのもよい
那須高原に 藤代清治美術館があるとのこと


道東ドライブは 
天候にも何とか恵まれ これで終了

予定の行程が全て終わり帰路旭川に向かう途中から 今までに経験したことのないようなスコール

旭川紋別自動車道は所々水浸し ボートにでも乗っているかのような水しぶき

それでも 
よくこの時間まで降るのを我慢してくれた 雨さんに感謝!

今回は お多福と その友人2人 
計4人での道東ドライブでした





道東ドライブ その6

北見市留辺蘂町地区にある 
道の駅「おんねゆ温泉」

1995(平成7)年 道内24番目に登録された道の駅

すぐ近くに「おんねゆ温泉」がある
ここは 旧留辺蘂町(るべしべちょう)

この留辺蘂町も2006(平成18)年に北見市へ吸収合併された 
同時に合併された町は常呂町と端野町

1市3町が新北見市となった

当時のカントリーサイン

北見市カントリーサイン1

旧常呂町はカーリングが盛んな所

オリンピックで銅メダルを獲得した女子「ロコ・ソラーレ」を立ち上げた本橋麻里の出身地
「ロコ」は「ローカル」と「常呂(ところ)っこ」
「ソラーレ」はイタリア語で「太陽」を意味する

「LS北見」は国内競技向けの登録名

道の駅「おんねゆ温泉」は広大な敷地内にあり関連施設が人気

道の駅おんねゆ温泉1

この道の駅の裏側には 
巨大な「からくり時計」と その背後に木工製品が豊富な売店「果夢林館(かむりんかん)」 そして食堂・お土産屋が隣接している

道の駅おんねゆ温泉2


「果夢林館(かむりんかん)」は地元木工クラフト工房の商品が品揃え

ここでは多種多様な機材(工具類)が備え付けられ 体験工作などが行われている
 
道の駅温根湯温泉売店

丁度午後1時で「からくり時計」が」作動

道の駅おんねゆ温泉3

その様子を50秒ほどの動画で紹介



同じ敷地内には
「北の大地の水族館(山の水族館)」がある

以前は国道から外れた所の水族館を この場所に移設した

この水族館は
新江ノ島水族館 池袋サンシャイン水族館のリニューアルなどをプロデュースし収益性の高い水族館づくりで有名な中村元氏が手掛けたとのこと

たびたび TV報道されており
規模は小さいが 近年人気急上昇

山の水族館1

幻の魚「イトウ」「ヤマベ」「ニジマス」など
また外来種などの淡水魚を集めた水族館である

山の水族館2

北見市留辺蘂地区を後に 

最後の訪問 遠軽町にある「木のおもちゃワールド館ちゃちゃワールド」へ向かう

~つづく~

道東ドライブ その5

道東ドライブ その4 のつづき

昨年4月に道内で118番目に登録された道の駅「ノンキーランドひがしもこと」へ向かう
今回の目的地の一つ 

ここは もともと東藻琴村
2006(平成18年)に平成の大合併で女満別町と合併し大空町と名を変えた

合併で道内自治体名が消滅する所が出るので 2004~2005年に全ての自治体を回り カントリーサインと市役所・役場庁舎を写真で残した

当時は道内自治体数は212だったが 合併で180に減り 現在その数は179市町村になっている

その時撮ったカントリーサイン

カントリーサイン1

そして合併後の新しい自治体大空町のもの 

大空町カントリーサイン2

この町にできた
道の駅「ノンキーランドひがしもこと」

この日は小雨模様

道の駅「ノンキーランドひがしもこと

「ノンキーランド」とは「のん気」と「ノン・キー(鍵)」

「心に鍵をかけず のんびりと」という意味で 当時のカントリーサインの左上にも既に書かれていたので 昔から村のキャッチコピーだったのでしょう

道の駅東藻琴2

駅内の売店の様子

道の駅の特徴は2階部分がホテル
もともとこの場所にホテル(旅館)があったそうだ

新設の道の駅は どこも贅沢なつくりとなっている

この道の駅のスタンプ

道の駅東藻琴スタンプ

このあと「ひがしもこと芝桜公園」へ

道内の芝桜公園はこの他 上川管内滝上町が有名だが 近年こちらの東藻琴が人気のようだ

駐車場から眺めた様子 

芝桜公園祭りは6月3日まで 花はピークを過ぎていた
(この日は5月31日)

芝桜公園1

パンフレットの写真で紹介

芝桜公園3

芝桜公園2

このあと 北見市へ  ~つづく~

プロフィール

KEARASHI

Author:KEARASHI
2013年10月リタイアをきっかけに、木彫・木工クラフト工房を開設しました。
木に新しい命を吹き込むという思いを込め、「萌樹工房」(もえぎこうぼう)と名付けています。
ブログでは、工房の様子や他の趣味等を載せていきます。

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