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増毛町めぐり4 ~元陣屋~

増毛町は当管内では最も歴史のある町
今回は「元陣屋」を紹介

写真の施設は「増毛町総合交流促進施設元陣屋」
元陣屋の歴史を物語る施設として1996(平成8)年に増毛町が建設した文化交流施設

元陣屋1

外国(ロシア)との緊張感が高まる中 江戸幕府は1855(安政2)年に蝦夷地を幕府直轄として 仙台 秋田 南部 松前の五藩に蝦夷地を分割して警備することを命じた

当増毛町などは 秋田藩が分領警備することになった

元陣屋2

1856(安政3)年蝦夷地警護を命ぜられた秋田藩は 兵士を派兵するとともに北蝦夷地三出張陣屋(増毛・宗谷・樺太)を含める陣屋を置き 元陣屋の構築を始めた

増毛元陣屋は最終的には1,160坪に及び18棟の兵舎の他に兵具庫 武芸所 火薬庫 診療所等を備えた大規模なものとなっている ちなみに衛士の数は150から200余名であったという

元陣屋3

元陣屋4

本陣となる元陣屋の東西には台場が二ヶ所設営され 砲台を設置して警備にあたった

台場はロシアをはじめとした異国船が姿を見せた場合にすぐさま追い払えるよう和製大砲の他に外国製のホイッスル砲が装備された


第一台場と第二台場跡 及びホイッスル砲

元陣屋5

第一台場は海を見渡せる高台 第二台場は海岸近くに設置
但し 異国船が現れた際にも箱館奉行所からは「決してこちらから攻撃してはならない」と通達されており 何よりも穏便が第一とされていたようである

元陣屋6

藩士たちは宗谷にも出兵し 冬になると増毛で越年 本国秋田とは一年おきに交代した
武士だけでなく 鍛冶・大工・木挽きなどの職人や人夫・山子や医師も滞在し 戦に向けた訓練と警備の毎日に明け暮れた

秋には越冬のための薪づくりが重要な仕事 単調で自然の猛威や病などに対する防備を心がける毎日は ひっそりとただ耐えることの多い毎日で 寒さをしのぐために酒を酌み交わし 故郷を思いひたすら春を待ったようだ

津軽藩勤番越冬陣屋のジオラマ

元陣屋10

冬期間には多くの凍死者や野菜不足による水種病(壊血病)による病死者が出て ロシア軍よりも一番恐ろしかったのは蝦夷地の寒さだったのかもしれない

また
秋田藩の蝦夷地経営は 豊富な海産物を獲るなど 漁業を発展させることにも重点が置かれていた
このジオラマは当時のニシン漁の様子を再現したもの

元陣屋7

マシケは春から秋にかけては波も平穏な良港で 豊富な水産資源に恵まれ 一帯は「マシケ場所」と呼ばれていた

1858(安政5)年頃から福山・江差地方ではニシンが獲れなくなり 近蝦夷地や奥蝦夷地に追いニシン漁に出るようになり また本州での肥料の価額が上がりマシケ地方のニシン漁は大いに発展した

当時の銃剣

元陣屋9

古文書類

元陣屋8

勤皇佐幕の両論が活発になり 世の中が騒然とし始めた頃 本国秋田では数年にわたり災害が続き 百姓一揆もおこり 秋田藩は北蝦夷地の警備の免除を数度にわたって願い出 幕府はこの願い出を受け入れ1867(慶応3)年秋田藩の蝦夷地警衛は終った

1856(安政3)年の出兵から12年 増毛 宗谷 枝幸 利尻 礼文 の各場所が秋田藩領になった1859(安政6)年から足掛け9年に及ぶ蝦夷地警衛の歴史は幕を下ろした

1867(慶応3)年10月 徳川慶喜は大政奉還を行い 新政府は年号を明治と改め 翌年蝦夷地に開拓使を置くことを決め 開拓使は「蝦夷地」を松浦武四郎の意見を採用し「北海道」と名付け同時に道内を11の国と86郡に分けた
増毛は天塩国増毛郡に入り 山口藩支配地として新しいスタートを切った

山口藩は1870(明治3)年に運上屋及び勤番所を役所として旧秋田藩増毛陣屋の一部を使って開拓業務にあたり この場所を山口藩庁出張所と名付けた

しかし1871(明治4)年に廃藩置県が行われ 山口藩は北海道の支配を罷免されわずか1年余りで増毛から引揚げることになる

この間 陣屋は山口藩増毛出張所役人の住居として利用され 
陣屋建物は1997(明治30)年頃まで残っていたとのこと

「増毛町総合交流促進施設」はこの「元陣屋」跡地に建設され 郷土資料室や図書室 映像体験室を備え 

増毛町の文化の創造や 交流の発信基地として町民に利用されている


冬支度が終わりました

11月はもうすぐ 
今年も残りあと2ヶ月

ついこの間 春が来て山々が緑一色になり
いつの間にか田んぼが黄金色になり 
山々が彩鮮やかになったかと思ったら もう紅葉の終わりを迎えた

ということは 次は雪か~ 白い雪か~ とため息がでる

雪虫が飛び始めたが まだ雪は降っていない
例年10月の最終週から11月の第1週に 家の周りの冬支度をするのだが 今年は早めに終わらせた

何といっても1年間で「たいぎで(面倒で) ゆるくない(大変な・きつい)仕事」が「冬支度」
この「冬支度」のうちで一番「ゆるくない」のが「庭の木の冬囲い」

逆に春になったら
一番ウキウキしながら出来る仕事は「冬囲いをはずす」こと

春の陽気を感じながら「はるになれば しがこもとけて どじょっこだの ・・・」と鼻歌交じりに出来るからだ

たいして良い木は無いのだが
「冬支度」は 寒い厳しい冬に向かってかなりの覚悟が必要だから 非常に「たいぎで ゆるくない」のだ

それでも思い立ったら 即実行
やり始めたら「冬囲い」だけでは半日 ボクの場合「池替え」でも半日
お多福は「鉢物の片づけ 鉢洗い」などもあるが 合計では丸二日あれば完了かな

「冬囲い」は まず「垂木(たるき)」で固定
注:「垂木(たるき)」とは建築用語であるが 「冬囲い」に使う固定木材のことにも使っている

冬支度1

その上から ムシロや網で覆い 雪から防御する
Befor & Afterの様子

同じ北海道でも雪の積もらない地方では必要のない作業だ

冬支度2

また
池替えは1週間前に終わらせ 金魚を家の水槽に入れた
春に小指ほどのチビ金はもう大人の大きさになっていてビックラポン!

金魚3

金魚を池で育てると 伸び伸びと自由に泳げるので成長が早い 
そして色が鮮やかになる 池に生えたコケや水草の根 そして虫なども食べるためだ

(人間も同じ 伸び伸びと育て なんでも食わせることが大切だ)

しかし水槽ではそうはならない

一方 春に池で生まれ 卵から水槽で孵化させた金魚も 結構大きくなっている
ただし 500匹以上孵化したが結果的に 育ったのは 9匹となった

生存率は1.8% 池での生存率は0%だった 

金魚4

9匹中 色づいたのは2匹 まだこれから成長する
(色は付いてきたが まだまだ色気づいてはいない)

この池は屋根からの雨水を自然流入させ 
オーバーフローしないよう水位調整が出来 
底から汚れた水を排水できるような仕組みが施されている

池

池の底に敷いていた砂利は 綺麗に洗浄し保管 池は水を張りそのまま雪の下で越冬させる

タイヤ交換も終わり これで冬支度は完了 

冬将軍とのご対面が待ち遠しい (激しい武者震い)


まだ紅葉が見られました

毎年アップしている市内神居岩公園の紅葉

紅葉のピークはとっくに過ぎたのですが シラカバとカエデ類 そしてサクラなどがまだ残っていました

カエデの種類の木でしょうか

紅葉1

この辺りはサクラの木を植樹した場所 
「二十一世紀サクラの森」と名付けています

紅葉2

紅葉3

目立ちたがり屋の木です 紅葉真っ盛り

紅葉4

紅葉4-2

紅葉(もみじ)の絨毯でした

紅葉5

公園の下に下りて来ると パークゴルフ場
この日は天候に恵まれ まだ多くの人たちがプレーしていました

紅葉6

パークゴルフ場駐車場そばの ヤマモミジ

紅葉7

公園から帰ってきて 家のそばの千望台下の山もまだ紅葉が見られます
この辺はナナカマドの木が多く 赤色はナナカマドでしょうか

紅葉8

今年は台風の影響もなく また浜風による塩害もほとんどなかったため 
綺麗な紅葉が見ることが出来ました

紅葉9

また この時期は浜風が強く 木の葉がほとんど落ちるのですが
幸い 今年は風が無く もう少し鮮やかな山を鑑賞出来そうです


北海道の地名~その7~

北海道アイヌ語由来の地名 第7弾

これまで 動物「牛」「馬」「熊」「鹿」の付く地名を紹介
今回は 「猿」

「猿」

「猿」は北海道には生息していないが 何故か「猿」を当てた地名がある

◎猿払(さるふつ) 猿払村

アイヌ語でサラプツ 
ヨシ原の・川口の意味
ヨシ原の川の川口の所の名が 付近一帯の地名になったもの


◎猿骨(さるこつ) 猿払村

アイヌ語でサラエウコツ
ヨシ原(川)が・そこで・くっついている(合流している)の意味
猿骨川の川下は海岸にそって長く南流し 逆に南から海岸に沿って北流していた猿払川の川下と合流してから海に入っていた


猿払村はオホーツク海に面したホタテの村
計画的な稚貝放流と資源管理により驚異的なホタテの水揚げを誇り 道内で最も貧しいといわれた村は今ではホタテ御殿が建ち並ぶ有数の高所得自治体となっている

猿払村のカントリーサインはこれ

  猿払村

1939(昭和14)年12月ソ連船「インディギルガ号」が猿払村浜鬼志別沖合いで座礁 多数の死傷者を出したが 村民により多くの人命が救助され カントリーサインはこの事故の慰霊碑をデザイン化したもの
慰霊碑は猿払公園の前浜に設置されている

村のキャラクターは やはりこれが似合う

  さるっぷ1

ホタテは冠に使い金色に輝やき

まさにゴールドラッシュだ


◎猿別(さるべつ) 幕別町

アイヌ語でサラペツ
ヨシ原・川の意味
ヨシの生える湿地であった所から出た名であろうか


幕別町は帯広市のベッドタウン 道内では数少ない人口微増の町
てん菜 小麦 馬鈴薯 豆を中心とする畑作と畜産の町

1969(昭和41)年には忠類地区でナウマンゾウの化石が発見されている
また道内では盛んになった「パークゴルフ」の発祥の地でもある

カントリーサインにはこの「パークゴルフ」のデザインが利用されている

  幕別町

写真は合併前のカントリーサイン  
現在は忠類村と合併したため ナウマンゾウがゴルフパットを持っているデザインに変更された
(変更後の写真を撮り忘れていた)


◎猿留(さるる) (川の名) えりも町

アイヌ語でサラオロ サロルンウシ
湿沢のあるの意味 そのとおりの所らしい
鶴多き所の意味もあるが  
猿なのに鶴が多いとはいかに 「鶴留」の名の方が良かったのでは?

現在は「目黒」と名を変更されているようだ

えりも町の由来はアイヌ語で「エンルム」
「エンルム」は岬の意味

林野庁が1953(昭和28)年以降 えりも岬の治山事業を開始し 2001(平成13)年に緑化の取り組みがNHK「プロジェクトX~挑戦者たち~」で紹介された 
海を豊かにする取り組みだ 
この町の産業は 昆布 鮭 ウニなどの漁業

えりも岬はアイヌ語で「エルネオンルム」
吉田拓郎作曲 森進一の歌で「襟裳岬」がある
♬襟裳の春は何もない春です~ というフレーズがあり
当初町民は大変怒ったそうだが 大ヒットしてからは誇りにしているらしい

同名異曲で遠藤実作曲 島倉千代子の歌「襟裳岬」がある

1974(昭和49)年のNHK紅白歌合戦では 白組のトリで森進一 紅組の大トリで島倉千代子がそれぞれ「襟裳岬」を歌ったそうだ

参考に 
えりも町のカントリーサインは やはり「襟裳岬」

  えりも町

襟裳岬はアザラシの繁殖場所 親子のアザラシもいる

大変風の強い所で 風速25メートルの風体験などが出来る「風の館」が この岬の観光施設となっている

「猿」編はこれで終わり
更にまた 北海道の地名 「動物編」が次号に続く

*参考
北海道アイヌ政策推進局アイヌ政策課
「アイヌ語地名リスト」


黒頭巾旋風録

北海道150年を迎え 北海道の命名者松浦武四郎が注目され また武四郎と深く関わりのあったアイヌ民族がいろいろな形で取り上げられ あらためて今年はアイヌ民族を知るきっかけの年でもありました

文化芸術の秋 この地域の小学校では学芸会が開催されました

某小学校でもアイヌ関連の劇があったので紹介

題目は「黒頭巾旋風録」

劇8

江戸時代松前藩の支配下に置かれたアイヌの人々は藩の役人たちに奴隷のような扱いを受け

劇1

役人たちの思い通りにいかなかったり アイヌの人々が逆らったりしたら
このとおり 処刑されます

劇2

そこへ 頼りになる正義の味方が現れます
「黒頭巾」です 

ボク等の時代は正義の味方「「怪傑黒頭巾」がいました
 
劇3-1

この「黒頭巾」が悪徳役人たちを次々とやつけるのです
この「黒頭巾」は 和人なのか アイヌなのか?

姿を見ると和人とアイヌのコンビみたいです

劇4

この後「黒頭巾」がどんどん増えていくのです

ここで「松浦武四郎」が登場します

武四郎はアイヌの人々からこの「黒頭巾」の話を聞き
事細かに手帳に書き残します

劇7-1

「武四郎」は広い地域を歩き あちこちで同じような話を聞くのですが
この「黒頭巾」たちは和人だったのか アイヌだったのか 

長いセリフのあと
いまだ定かでないと閉めるのです

北海道150年を迎え
学校教育でも アイヌの文化芸術に触れたり
このように 学芸会の演題に取り上げたり 

なかなか素晴らしい教育を行っていることに
感心した 時間でした


増毛町めぐり3 ~旧商家 丸一本間家~

増毛町めぐり第3弾
今回は 前回(10月5日付)紹介した酒蔵「国稀酒造」の創始者本間泰蔵氏の建てた「旧商家丸一本間家」を紹介

本間泰蔵氏は佐渡出身
小樽で商売を学び 明治8年26歳で増毛で荒物雑貨の商売を始め その後事業を拡大し 呉服商 ニシン漁の網元 海運業 酒造業などの事業を展開 当時の天塩国随一の豪商と呼ばれるまでに至った

現在は「国稀酒造」を営業を続け 4代目となっている

現在残る建屋は 店舗 呉服蔵 居宅 付属屋 酒造蔵 などで構成され その面積は806㎡(約244坪) 延床面積は1,238㎡(約375坪)で 明治35年に20年以上の歳月をかけ完成された

平成15年には国の重要文化財に指定されている

明治13年の大火後再建され 石造りの建屋となった

丸一本間家1

中へ入ると
今でも使われているような雰囲気の呉服店舗
 
丸一本間家2

店舗内の屏風と 土間に置いてある懐かしい 当時の門燈と荷車

丸一本間家3-1

廊下の様子
窓ガラスも当時のまま (外が歪んで見えるガラス)

丸一本間家4-1

奥帳場と天井の明り取り

丸一本間家5-1

茶の間
茶の間の左襖に描かれているのは昭和初期の日本画家仙田菱畒(せんだりょうほ)の作

丸一本間家6-1

次の間
桐のタンスは120年経っている
電灯は大正6年頃のもの 増毛では大正5年に街灯がつき翌年増毛電気株式会社が設立され 本間泰蔵氏が初代の社長に就任している

丸一本間家7-1

客間
書院造りが用いられており 付書院 床 棚が設置されている

丸一本間家9-1

巌谷一六による漢詩が揮毫され 内容は「赤壁賦」からの引用とのこと

丸一本間家8-1

下勝手 台所 
そして「駅(ステーション)」でロケで使われた部屋に高倉健の写真が展示

丸一本間家10-1

最後に呉服店舗の上の階には観光客が自由に休憩できる大広間が用意されている

丸一本間家11

豪華絢爛 当時の丸一本間家の繁栄ぶりが伺える

*天塩国とは
大宝律令の国郡里制を踏襲し戊辰戦争(箱館戦争)終結直後に制定された日本の地方区分の一つ
道北に位置し 現在の留萌振興局管内全域と 上川総合振興局管内の塩狩峠以北(幌加内町は含まない) 及び宗谷総合振興局管内の豊富町と幌延町さらに稚内市の南端部の一部にあたる(参考:ウィキペディア) 

参考資料 
増毛町発行パンフレット 重要文化財 旧商家丸一本間家


クラフトの提供

九州在住で中学校時代の同級生からクラフトの依頼があり 送るミニカーなどです

毎年年末にバザーが開催され 家にある不用品などを提供しているようですが
もう出す物が無くなったということで 当工房で作っているものを昨年から頼まれています

今年も昨年に引き続き ミニカーなどを送ります

これはミニカー
子どもたち 特に男の子は車が大好きです
白木のままのものと 色付けしたもの

すべて 超無公害のエコカーです

ミニカー1

ミニ動物
ネコ イヌ ペンギン クマ カメなど

ネコが多いようですが ひっくり返ったネコが一匹います

ミニ動物1

これは パズル型イヌ 色毎にはずれるようになっています
下は兜ですが これもパズル型

簡単そうでも 一度外すと 結構面倒です

兜・犬クラフト1

文字クラフト 「LOVE」 と 「HAPPY」
文字クラフトは若い女性に人気があります

文字クラフト1

これらは 毎年手作り市に出しているもので 

いづれも このブログにいままでアップしているものです

見たことあるものばかりかもしれません


方言玉手箱 その21 ~ゆるくない~

今回は北海道の方言「ゆるくない」

「ゆるい」の反対は「きつい」だから
「ゆるくない」は「きつい」という意味になる


道産子(北海道出身者)が 当たり前によく使う言葉で「きつい」の他に「大変だ」「楽でない」という意味に使っている

代表的な使い方としては

「雪かきはゆるくない」 
「雪かきがゆるくないんだわ!」
「雪かきはゆるくないっしょ!」
「こんなに積もって雪かきゆるくないべさ!」


これに「たいぎ」が付いて
「雪かきがたいぎでゆるくないんだわ!」となると

「たいぎ」は「面倒くさい」の意味なので
「雪かきは面倒くさくて 大変なのさ!」ということになる

ゆるくない2
(昨年の冬の様子 こんなことになると もうゆるくない)

つい最近のこと
いつの間にかパジャマのズボンのゴムが伸び切ってゆるゆるになり 朝起きた時にはズボンがほとんど脱げ 足元で束になっていた
何とだらしない格好だこと

頼んで ゴムを新しいものと取り替えてもらった

つまり「ゆるい」ものを「ゆるくない(きつい)」ものに取り替えたことになるのだが


この場面では「ゆるくないものと取り替えてくれ」とは言わず
「もっときつくしてくれ」とか
「きついものと取り替えれくれ」と言うはず

この「ゆるくない」の意味とは全く違い

物理的な「きつさ」ではなく

肉体的・精神的に
「きつい」「つらい」「大変」「疲れる」「しんどい」の意味となる

例として
「あの高い山に登るのは ゆるくないんだわ!」

「もう冬支度しなければならないっしょ ゆるくないべさ!」

「時間ないのに やることいっぱいあってさ ゆるくないよ」

「あの人に頼まれてさ 断ることが出来なく ゆるくないさ」

「あの飲んべえ上司に付き合うのは ゆるくないことだ」

「何日も便秘してるから大変だ ゆるくないのさ」

「北海道には方言いっぱいあってさ 使い方を説明するのは ゆるくないね」

最後に
「色々な例文書かなくっちゃならず 頭悪いから ゆるくないんだよ!」

という具合だ

道産子で道外在住者の方なら懐かしいっしょ!
東北方面の方も解るべさ!

その他方面の方々には
北海道の方言の説明を受けても理解するのは 

ゆるくないっしょ!



釣瓶(つるべ)落とし

秋も深まり 山々は紅葉真っ盛り

朝夕の気温は一桁台になり 茶の間ではポータブルストーブが必要な季節となった

外では雪虫が飛んできた
ということは1週間もすれば雪が降るということか?

冬支度をせかされる時期でもある
今日は 網戸を外し 室外機にカバーをかけ
池替をして金魚を家の水槽に入れた

11日は日の出が5時42分 
日の入りは16時58分
日がどんどん短くなり 日没が早くなる

釣瓶落とし1

まさしく秋の日は釣瓶(つるべ)落とし
太陽もあっという間に 水平線から姿を消す

釣瓶落とし2

「釣瓶(つるべ)」とは
井戸の水をくみ上げるための道具

昔の井戸は 井戸の真上にやぐらを組み 紐(縄)が付けられた桶で滑車を利用して井戸の中の水をくみ上げるという仕組み

汲み上げた水をたらいなどにあけて 紐(縄)を離すと桶が素早く井戸の底へ落ちていく
この落ちる様子を「釣瓶(つるべ)落とし」と言うらしい

同じ発音の「鶴瓶(つるべ)」はNHK「鶴瓶の家族に乾杯」でおなじみの落語家「笑福亭鶴瓶」
この「鶴瓶(つるべ)」を井戸に落としたら どうなるか

落語家だから 落ちるのは当たり前だが

鶴瓶(つるべ)はのらりくらりの「のんびり屋」の感じなので 
素早く落ちるとまでいかず ふあふあと落ちていく感じかな~

脱線してしまった 
鶴瓶(つるべ)さんにゴメン

また 「釣瓶(つるべ)落とし」は 京都府 滋賀県 岐阜県 愛知県 和歌山県などに伝わる妖怪で
この妖怪は 木の上から急に落ちて来て 人間を襲い食べるなどと言われているそうだ
これはいただけない

静岡県に
「つるべ落とし滝」という滝があるとのこと
山奥で 歩いて1時間半かかり 
熊 蛇も出るようだが  
落差が20mで 繊細な滝らしい

いずれにしても 
これから冬支度はまだまだ沢山ある
 

そして北海道は そのうち真っ白な世界になり

「ゆるくない」季節を迎えるんだわ



北海道の地名~その6~

北海道アイヌ語由来の地名 第6弾

これまで北海道で連想する動物「牛」「馬」「熊」の付く地名を紹介した
今回は北海道に生息するその他の動物「鹿」を紹介

「鹿」  

最近はその数も増え 山から餌を求めて住宅地へ降りて来て
公園の草 畑に育つ農産物を食べ荒らしている
特に田んぼなども荒らすので 周囲に電気柵などを設置している 

ボクの住宅界隈にも 時々現れる

◎入鹿別(いりしかべつ) むかわ町

アイヌ語で「イルシカペツ」
怒る・川の意味
砂原の長い川で通行する人が怒ったためとされているが何を怒ったのか忘れられたとのこと

このむかわ町は シシャモのまち 今が旬
先日発生した胆振東部地震の震源地厚真町の隣町
また 最近同町穂別地区から全身骨格化石が発掘されたハドロサウルス科の恐竜は「むかわ竜」として有名になっている

カントリーサインにも既に恐竜らしきもののデザインが入っていた

鵡川カントリーサイン340

◎鬼鹿(おにしか) 小平(おびら)町

アイヌ語で「オニシカ」 
雲の上にある(?) 昔ここに雷が落ち雲とともに上がったため

まさに鬼が雷太鼓を叩いていた場所なのか?

小平町からも白亜紀後期アジアで繁栄した二足歩行の10mを越える草食恐竜「ハドロサウルス」の化石が発見されている

小平町はホタテ メロン 小平牛が特産品

◎鹿追(しかおい) 鹿追(しかおい)町

アイヌ語で「クテクウシイ」「クテクシ」
鹿捕り柵・ある・もの(川、所)
鹿を捕るために柵を作り鹿をそこに追い込んで仕掛け弓で捕る施設であった
鹿追はこれを訳して呼ばれた地名

この地名はアイヌ語の意味を忠実に表し アイヌの人々には喜ばれそうだ
カントリーサインも鹿のデザインだ

カントリーサイン鹿追340

鹿追そばも大変美味しい

◎鹿部(しかべ) 鹿部(しかべ)町

アイヌ語で「シケベ」
背負う・所  
おそらく舟から荷をここで背負って内陸に入った所だったのでこの名が付いたのだろう

町のホームページによると
アイヌ語で「シケルぺ」 キハダ(落葉高木)のあるところの意味から
一時期 野生の鷹の多さから「鷹待(たかまち)」と呼ばれ 鷹が幕府へ献上品とされた時期もあったとされている

この町は漁業が主要産業
「しかべ間歇泉公園」が観光名所である

鹿部町カントリーサイン340

このとおり 駒ケ岳を背に間歇泉を見ながら 鹿部温泉に浸かっている

前回の「馬」と「鹿」が出揃い ここで「馬鹿」になったが この「馬鹿」の語源・由来は サンスクリット語で「無知」や「名妄」を意味する「baka」「moha」の音写「莫迦(ばくか)」「募何(ぼか)」が転じたと言われ 「馬鹿」と書くのは当て字で また学者は色々な説を唱えているらしい(ウィキペディア他より)

この「馬鹿」の使われ方も面白い

「馬鹿を言うな」「馬鹿も休み休み言え」
「馬鹿馬鹿しい」
「馬鹿騒ぎ」「馬鹿笑い」
「馬鹿○○」 例:馬鹿暑い 馬鹿寒い 
「馬鹿みたことか」「馬鹿をみた」
「○○馬鹿」(○○オタクのこと)
「馬鹿正直」「正直者は馬鹿をみる」
「馬鹿受け」なんて言葉もある

いづれにしても「馬鹿」だから 誉め言葉には使われない

「馬」と「鹿」にすれば ありがた迷惑なことでしょう

今回は「鹿」の名の付く地名でした

*参考
北海道アイヌ政策推進局アイヌ政策課
「アイヌ語地名リスト」

この度 ブログのテンプレート(ページ画面)を変えてみました(PCのみ)
今までのテンプレート画面では 打ち込み作業中に誤作動が多々あるため 別のテンプレートを使用することにしました
しばらくはこの画面を使って様子をみます


プロフィール

KEARASHI

Author:KEARASHI
2013年10月リタイアをきっかけに、木彫・木工クラフト工房を開設しました。
木に新しい命を吹き込むという思いを込め、「萌樹工房」(もえぎこうぼう)と名付けています。
ブログでは、工房の様子や他の趣味等を載せていきます。

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