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何のためのG7


G7サミット(先進7カ国会議)がフランスで開かれ 
26日に3日間の討議を終えた

今回は1975年の第一回会議以来初めて包括的な首脳宣言の採択が出来ず G7の存在感を失っている

ロシア抜きのG7 
今回もロシアの復帰も見送られ 自由主義国だけのサミットだ

これまでアメリカ合衆国が世界をリードし まとめてきたが
今や「自国ファースト」で保護貿易主義を唱え 他国と協調し共に繁栄させるという意図は見受けられない

アメリカは孤立 「自国ファースト」がまん延し
アメリカ以外の参加国でさえ バラバラになっている

さらにこのトランプに近い思想と言われる イギリスの新首相ジョンソンはEU離脱問題で「ミスター・ノーディール(合意なき離脱)として名を残したいのか」と批判され 欧州も対立を深めている 

887478(1).jpg
(これは G12か?)

山積する国際問題は 全く将来の道筋がついていない
当初議長国であるフランスが「地球温暖化問題」を議題として取り上げる準備をしたとされているが 全く無視されている

地球温暖化の影響とされる 環境異変は世界規模で増え続け
国内ではまた 
26日からの前線による大雨で九州北部では甚大な被害が発生している

台風は巨大化し 発生するといつも「最大級の台風」と名付けられ
雨が降ると「50年に一度の豪雨」などと Ⅰ年に何度も「50年に一度の豪雨」が降っている

地球温暖化は「人類の生産活動の結果」と誰もが分かっているはずなのに
世界の首脳は何故行動を起こせないのか

1184020(1).jpg
(シロクマも大変暑がっている 熱中症寸前だ)

さらに
地球破壊に拍車をかけているのが 「軍拡競争」
既に核兵器を備えている国が 他国が核兵器を持つことを禁止するなどという
何と都合の良い国際条約を作ったことか

既保有国が軍縮する意思は無いどころか さらなる新兵器開発に躍起になっており
飽き足らず AI兵器なるものが開発されているという

唯一の被爆国である我が国の安倍首相は核廃絶に消極的
いつも「核保有国と非保有国との橋渡しをする」なんて抽象的なことを言っているが
具体的に何をしているのか

このG7サミットでも安倍首相の存在感は全くなかった
トランプのご機嫌伺いも ほどほどにしてもらいたいものだ

G7とは 
単なる7人のG(じい)さんの集まりでなないか(ばあさんも一人いたか)

宇宙人にでも地球侵略をされるときは 世界は一つになる必要があるが

それ以外で
将来的に世界が一つになることはあるのか
「自国ファースト」で地球が終わりを迎えるまで 無理か


世界をまとめてくれるリーダー(ヒーロー)が出現してくれることを願っているのだが

それは 夢のまた夢なのだろうか

短い夏 Part3

本州ではまだ30度越えの気温の所が多いが
こちらの今日の気温は20度 2日間雨続きでようやく日がさした

昨日札幌への途中で海の上に消えかかった虹が見られ
下の写真の虹は カメラのシャッターを押すと同時に消えてしまった

虹1(1)

当市の夏は もう終わりの感じだが 
本格的な秋を迎えるまで何日かでも暖かい日が続くことを願っている

ところで夏に活躍する「風鈴」

写真は船に垂れ下がっているウインドチャイム型風鈴
なかなか良い音がする

風鈴1(1)

日本人は風鈴の音を聞くと涼しいと感じ 何故か体温も下がるという
先日NHK[チコちゃんに叱られる」の番組で放送されていた

「風鈴の音を聞くと涼しく感じるのはなぜ」 という番組だった
外国人は 涼しく感じないらしい

風鈴が鳴っているときは 風が吹いているので 涼しく感じるのは当たり前だが
自分で鳴らした時でも涼しく感じる人がいるという

日本人は昔から風鈴の音を聞く習慣があり 
音を聞くだけで風が吹いていると勘違いをして 涼しいと感じる条件反射を身に着けたというのだ

風鈴の音を聞くことで涼しいと感じ 血行が悪くなり 
その結果皮膚温度が下がったという実験もあるとのこと

一方外国人は 
同じ実験で 風鈴の音を聞くとリラックスし末梢の血管が開くことで 逆に皮膚温度は上がったという結果が出たらしい

外国人は 風鈴の音でリラックスするが涼しとは感じないということになる

風鈴2(1)
(銅鐸型鉄風鈴)

元来 脳の中で風鈴の音を聞く所(視覚野)と風の涼しさを感じる所(体性感覚野)は別の場所であるが 風鈴の音を聞いて風が涼しいという体験を繰り返してきたことで この二つの場所が繋がったといういことらしい

これは日本人独特の現象で
「気のせい(脳の誤解)・・・なのに涼しくなってしまった」 というのが答えだった

日本人が風流なのは 独特な進化なのか?
風流でない日本人もいるけど これはかなり遅れをとっている人間なのか?


平和祈念式典が開催


戦後74年が過ぎ 戦争体験者が減少する中で
この時期「平和の大切さと命の尊さを次世代に伝えていく」ための行事が全国各地で開催されている

当市でも 8月20日 市主催の平和祈念式典が開催された

平和祈念式典1

例年の如く 式典の最後に
お多福が代表を務める「留萌ファミリーコーラス」が 
「見上げてごらん夜の星を」と「言葉にできない」の2曲を披露した


それにしても 世界はどんどんキナ臭くなっている
「自国ファースト」の風潮が世界に広まり 第2・第3のトランプのような人物が表舞台に出始め
「自国ファースト」を強調する指導者が国民からの支持を増やしている

その結果「自国の繁栄」を優先し 貿易相手国に対する優位性に躍起になっている
アメリカ合衆国の中国に対する貿易政策が最たるもの 
関税の引き上げと その報復が繰り返され

武力は使わないが「経済戦争」と言われる「戦争」に突入している
そして それに巻き込まれる国にとってはいい迷惑だ

北朝鮮は しばらく休止していた飛翔体(ミサイル)を7月下旬から16日まで6回発射した
トランプ大統領は「小型だから何も問題はない」と公言し
金正恩は「アメリカのお墨付きをもらった」などと発射を繰り返している

ミサイル発射(1)

さらに
アメリカはこの16日 今月2日に失効した米ロの中距離核戦力(INF)廃棄条約で禁止されていた地上発射型巡航ミサイルの発射実験に成功したと発表 トランプ政権は1年半以内の実験配備を目指す構え

当然 ロシアや中国はこの対応を強く批判しているが 
大国間の軍拡競争はますます激化している

アメリカが実験を発表した背景には INF廃棄条約に違反して中距離ミサイル開発を進めてきたとするロシアに加え 同条約の制約を受けずに軍備増強を続けてきた中国をけん制する狙いがあるという (北海道新聞を参考)

旧ソ連との冷戦時代が終わり 世界は平和への道を歩み始めたはず
いつも間にか また果ての無い軍拡競争の道を突っ走っているのではないだろうか

使ったら人類は破滅すると解っているのに 何故大量破壊兵器を作るのだろう

「地球は一つ」なんて言っているが 
いま人類の行っていることを見ていると
とても とても ・・・ 
「何と人類は愚かなものか」と思わざるを得ない

世界の指導者は 
「他の国と闘うために選ばれれているのか?」と疑問に思ってしまう

地球環境問題にしろ いま世界の指導者がすべきことはたくさんあるはずなのに
見て見ぬふりをしながら
「自国の繁栄・優位性」を追及しているのではないだろうか

世界中の国民は はたして そのようなことを望んでいるのだろうか


スイレンの花が咲いた


スイレンの花が咲いた

スイレン1(1)

20年ほど前に知人から一株もらい 鉢ごと池の中に置いてある
花は毎年咲かないが 今年は7月下旬に咲いた
(現在はもう咲いてない)

シィレン4(1)

深い切れ込みが入った葉と 水面に浮かぶ花が特徴

スイレンは「睡蓮」と書き 
夕方になると眠る(睡る)ように花を閉じることから名付けられたそうで

別名「未草(ヒツジグサ)」は 
未(ヒツジ)の刻(午後2時頃)に花が咲くことによるとのこと
(しかし実際は朝から夕方まで咲いている)

冬期間は雪の下でスイレンの塊根もしばれ(凍る)が 枯れることなく
毎年春になると 茎を伸ばし 葉を出している

スイレン4(1)

池には現在 昨年生まれた8匹(1匹死亡)をあわせ 12匹の金魚が泳いでいる
今年も スイレンの傍に浮かんでいるホテイアオイの根に金魚が卵を産み付けていた

卵を採り上げて 水槽で育ててあげるのも良いが 
増えすぎるので今年はやめている

また
池の傍には 紫とピンクのアジサイが咲いている

花の知識には疎いが
同じ株なのに色違いの花が咲くことはあるのだろうか

アジサイ1(1)

下の写真は2年前に当別道の駅で買ってきたユリ
昨年は花をつけなかったが 今年はよく咲いている

ユリ1(1)

名は「オリエンタルハイブリッド」
主に日本原産の6種のユリの交配種らしい

お盆も過ぎ 涼しくなってきた


短い夏 Part2


北海道ではひと昔前まで お盆を過ぎると海に入るなと言われた

お盆を過ぎると 
地獄の釜が開きあの世に連れて行かれるなどの言い伝えがあるが
水温が下がりクラゲが発生したり 
秋風が吹き 海は荒れるので危険だからだ

しかし最近は温暖化の影響なのか お盆を過ぎても暖かい日が続く年もあり
今年も まだキャンプなどの行楽客が訪れている

当市の海もまだお盆休みの帰省客などで賑わっている
写真は13日の行楽地 黄金岬

黄金岬1-1
目当てはイソガニ 針金にイカの足をつけて釣るが
年々カニは減っている カニより人の数が多いのでは

そしてカニも進化し 餌のイカをチョッとかじっては岩陰に隠れる
完全に人間をもてあそんでいる

黄金岬2-1

子どもと一緒になってカニ釣りをしている親・おじいちゃんの方が熱くなっているかも

そしてこれは
孫が遊んでいる姿を見守っているおじいちゃん・おばあちゃんか?

黄金岬3-1
子どもは夢中になり 完全に腰まで水に浸かっている

この日の孫たちの収穫はこれ
カニは大不漁で ヤドカリだけ

黄金岬5-1

ヤドカリとは良い名を付けたものだ
写真のヤドカリはタマキビの殻を借りている
貝殻は一時的な仮(カリ)の宿(ヤド)だ

自分の体に合う大きさの貝殻を選んで生活するが
からだが大きくなると勿論違う殻をゲットする
気に入った殻があると喧嘩してでも奪い取る

ペットボトルのキャップを背負っているヤドカリも見かけることがある
最近はペットとして人気が出ているとか・・・本当か?

また
一部のヤドカリは貝殻の内部をリフォームすることに多大な労力を費やするそうだ
このヤドカリは貝殻を削ったり 
浸食作用のある物質を分泌して内部を広く滑らかな空間に仕上げていく能力がある
子孫繁栄のための卵を隠す目的もあるようだ

ボクも学生時代ヤドカリ族だったことがある
アパートが見つからず しばらく友達の所を仮の宿にしていた
・・・これは単なる居候か

シーズン限定の海の家(売店)も繁盛している

黄金岬4-1

ハマナスの実も真っ赤だ

孫たちも帰り台風一過だが
17日は本物の 台風10号が北海道に来るようだ



推理不能な忘れ物


米はいつも知り合いの農家から玄米で購入し
精米機で無洗米として精米している

精米は市内のこの精米所で行なっているが

精米所1(1)

一度に精米する量は30Kgなのでそれなりに時間がかかる
ちなみに料金は10Kg100円だから 300円だ

精米中 
キョロキョロ 壁に目を向けると 貼り紙が目に入る

精米所2(1)

もう何度も目にしているのだが まだ貼ってある
拡大すると 「スリッパの忘れ物」だ
まだ持ち主が現れないのか 

精米所3(1)

その度に思うのだが
「なぜこの狭い精米所でこんなスリッパを忘れるのか」ということ

この小屋は土足禁止でもあるまいし
なぜ履いていたスリッパを脱ぐ必要があるのか
裸足で帰ったのか?
それとも違う理由が有るのか?

精米中に色々と推理してみるが 一向に解決出来ない
今回もやはり推理不能に陥った

高速道路パーキングエリアとか 一般駐車場などで
靴やらドライブサンダルを並べて置いてあるのを見かけることがある

これは綺麗好きな運転手が車中を土足禁止にしており
脱いだ靴を車に入れ忘れ そのままスタートしたからなのだ

「こんなところに一軒家」というのは分かるが
「こんなところ(精米所)にスリッパが」は分からない

ボクの生活にはなんら影響のないことなのだが
ここに来る度に不思議に思う

誰か この謎を解くものがいたら

その推理を是非 教えてもらいたいものだ

・・・そういえば貼り紙で思い出した

こんな貼り紙があったっけ
以前にも ブログに出しているが
これは函館市郊外の民家の板壁に貼ってあったものだ

精米所5(1)
(ハリガミスナイデと書いてある貼り紙)

また
「たわいもない話」だったか




「現存天守12城めぐり」最終回 ~まとめ~


「現存天守12城めぐり」 最終回 まとめの写真

令和元年(2019)6月7日から20日まで2週間の日程で
「現存天守12城めぐり」を実行

現存天守12城とは
国内の城の天守のうち 
江戸時代もしくはそれ以前に建設され現在まで保存されている天守のこと

天守の最初のものは織田信長が築造した「安土城」の天守といわれている
近代城郭は江戸時代初期までに3,000ほど造られたようであるが
江戸時代の「一国一城令」 明治時代の「廃城令」で数が減少
さらに戦火で多くが焼失した

そしてこの12城とは
弘前城(青森県) 松本城(長野県) 犬山城(愛知県)
丸岡城(福井県) 姫路城(兵庫県) 備中松山城(岡山県)
松江城(島根県) 彦根城(滋賀県) 宇和島城(愛媛県)
松山城(愛媛県) 高知城(高知県) 丸亀城(香川県) のこと

今回の「現存天守12城めぐり」では
12城のうち高知城(高知)と弘前城(青森)は以前見学しているので 
今回は省略 
そして松本城(長野)は日程上都合がつかず見送り

したがって 現存天守12城のうち9城を訪れた

この9城と 他の復元された城郭
及び関連施設などの写真をまとめて紹介

写真下 
左 松江城(島根県松江市) 右 松山城(愛媛県松山市)
1松江・松山・宇和島・丸亀城 (1)
写真上 
左 宇和島城(愛媛県宇和島市) 右 丸亀城(香川県丸亀市)

写真下 
左 備中松山城(岡山県高梁市) 右 姫路城(兵庫県姫路市)
2備中松山・姫路・彦根・犬山城(1)
写真上 
左 彦根城(滋賀県彦根市) 右 犬山城(愛知県犬山市)

写真下 丸岡城(福井県坂井市)
3丸岡城(1)(1)

そして「現存天守12城」以外の城

写真下 
左 岡山城(岡山県岡山市) 右 二条城(京都府京都市)
4岡山・二条城・名古屋・金沢城(1)
写真上 
左 名古屋城(愛知県名古屋市) 右 金沢城(石川県金沢市)

その他の立ち寄った施設も紹介

写真下 
左 京都御所(京都府京都市) 右 金閣寺(京都府京都市)
5京都御所・金閣寺・白川郷・永平寺(1)
写真上 
左 白川郷(岐阜県白川村) 右 永平寺(福井県永平寺町)

写真下 
左上下 平山郁夫美術館(広島県尾道市瀬戸田町)
右 一筆啓上日本一短い手紙の館(福井県坂井市)
平山美術館・一筆啓上日本一短い手紙の館(1)

大名庭園
写真下 
左 徳川園(愛知県名古屋市) 右上 兼六園(岡山県岡山市)
右下 玄宮楽々園(滋賀県彦根市)
5徳川園・兼六園・楽々園(1)

「現存天守12城めぐり」シリーズは 
これでとりあえず終了


「現存天守12城めぐり」 番外編13~永平寺~


「現存天守12城めぐり」 番外編13
~永平寺~

6月19日(水)
この日は金沢市を後に 「現存天守12城めぐり」の最後の城「丸岡城」を訪れ 「丸岡城」城下にある「一筆啓上日本一短い手紙の館」を見学
さらに
「永平寺」が近くにあることが分かり 予定外の見学となった

永平寺前の商店街駐車場から坂を登って行くとすぐ
石柱が目に入り 通用門の方へ進む

永平寺1 (1)

龍門(りゅうもん)を通る

永平寺2(1)

永平寺全景図がある
永平寺3(1)
  (永平寺全景図)

永平寺
寛永2年(1244)に道元禅師によって開かれた曹洞宗の寺院で座禅修行の道場
道元禅師は正治2年(1200)京都にて出生
14歳で比叡山にて出家
24歳の春 生涯の師を求め中国に渡る
天童山如浄(てんどうざんにょじょう)禅師のもと厳しい修行に励まれ
「正伝の仏法」を受け継がれる
28歳で帰国 34歳の時京都深草にて興聖寺(こうしょうじ)を建立
その後越前の国(福井県)に移り永平寺を開いた

これが通用門
永平寺4(1)
  (永平寺通用門)

中へ入るとすぐ吉祥閣(きちじょうかく)
吉祥閣は檀信徒や一般人を対象とした研修道場として昭和46年に建てられた
部屋の一角には屏風がある

永平寺5(1)
  (吉祥閣)

続いて隣の傘松閣(さんしょうかく)

昭和5年に創建 さらに2年をかけ再建され
さらに平成6年(1994)に改築された

一階は参拝者の控室や研修・宿泊のための部屋
二階は156畳敷きの大広間で 「天井絵の大広間」と呼ばれ
天井には創建当時の著名な144人の画家による230枚の色彩画が飾られている

永平寺6(1)
  (傘松閣)

永平寺7(1)
  (天井絵)

回廊(かいろう)

永平寺は大小70余りの建物が並んでいるが 
中でも「七堂伽藍(しちどうがらん)」という僧侶が修行する清浄な7つの場所があり
この特に主要な伽藍が回廊で結ばれている

永平寺8(1)
   (回廊)

この「七堂伽藍」とは「法堂(はっとう)」「仏殿(ぶつでん)」「僧堂(そうどう)」「庫院(くいん)」「山門(さんもん)」「東司(とうす)」「浴室(よくしつ)」をさす

山門(さんもん)仏殿(ぶつでん)

山門は七堂伽藍の中で最も古く寛永2年(1749)の造立
中国唐時代様式の楼閣門 両側に仏教の守護神である四天王が安置されている

仏殿は曹洞宗の本尊であるお釈迦様(釈迦牟尼仏)が祀られている
永平寺で修業する雲水たちの昼の読経や日中諷経(にっちゅうふぎん)と午後のお勤めはこの仏殿で行われている

永平寺9(1)
 (山門と仏殿)

仏殿(ぶつでん)

永平寺10(1)
  (仏殿)

法堂(はっとう)への回廊
長い階段式回廊を渡っていく

永平寺11(1)
  (回廊)

法堂(はっとう)

住持が法を説く道場
正面外には「法王法」の額が掲げられており 

永平寺17(1)
  (回廊からの法堂)

中央には「聖観世音菩薩」が祀られ
現在は説法のほかに朝課などの各種法要儀式が行われている

永平寺12(1)
  (法堂)

法堂(はっとう)内の様子

永平寺13(1)
  (法堂)

法堂(はっとう) 大光明蔵(だいこうみょうぞう)

総檜本造りで桃山時代の形式に準じた建物
大広間では永平寺貫首が公式に来山寺院や檀信徒と相見する室

永平寺14年((1)
  (大光明蔵)

吉祥閣(きちじょうかく)の五則
吉祥閣は檀信徒や一般人を対象とした研修道場で昭和46年(1971)に建てられ
こんな規則があるようだ

永平寺15(1)
  (吉祥閣の五則)

大庫院(だいくいん)の一部で瑞雲閣(ずいうんかく)

大庫院には食事の作法を学び 
修行僧や参籠者の三度の食事を作る台所がある

瑞雲閣には一般参篭者の宿泊に充てられる和室や応接室がある

永平寺16(1)
  (瑞雲閣)

大庫院の前にある「長いすりこぎ」
長さ4m もともとの色は黒 みんなに撫ぜられて色が落ち 木目が見える

永平寺21(2)
  (長いすりこぎ)

承陽門(しょうようもん)と承陽殿(しょうようでん)

承陽門をくぐると承陽殿
承陽殿の本殿中央に道元禅師の尊像と霊骨を安置 
左右に2代から5世までの尊像が祀られている
承陽門の破風が見事だ

永平寺18(1)
  (承陽門と承陽殿)

寺院内の伽藍(がらん)

永平寺19(1)

商店街風景

それぞれの商店で駐車場を持ち
一定金額のお土産を買うと無料となっている

永平寺20(1)
(商店街風景)

駆け足でのお参りだった
「永平寺」すべてを観るには一日でも足りない

「現存天守12城めぐり」もこの日で終了

永平寺から舞鶴港へ行き 
23時50分発小樽港行きのフェリでー翌日6月20日夜に到着
2週間の旅は終わった

次回はこの旅シリーズのまとめで「最終回」としたい


「現存天守12城めぐり」 番外編12~一筆啓上日本一短い手紙の館~


「現存天守12城めぐり」 番外編12
一筆啓上日本一短い手紙の館

「一筆啓上 火の用心 お仙泣かすな 馬肥やせ」
これは
徳川家康の功臣で「鬼作左」と呼ばれた本田作左衛門重次が陣中から妻へ宛てた手紙
家族を愛し 忠義を尽くす思いが短い文の中に簡潔に込められている

「お仙」が初代丸亀藩主本多成重であったことから 
平成5年(1993)に この手紙をモチーフに「一筆啓上賞」が誕生 そして公募が始まった

 第一回は「日本一短い『母』への手紙」 公募は今年で27回を迎えている

「一筆啓上賞」の入選作品は出版される本でしか見ることができなかったが
常設展示するための施設が平成27年(2015)に開館した

その施設名は 「一筆啓上 日本一短い手紙の館」

一筆啓上賞1(1)
  (一筆啓上 日本一短い手紙の館)

『一筆啓上日本一短い手紙の館』から見上げた丸岡城と城から見下ろした館

一筆啓上賞3(1)
  (丸岡城と城から見下ろした館:赤丸内)

常設展示室

館内では 第一回からの受賞作品を展示

モニター画面からはこれまでの作品が滝のように表示される映像があり
また 大きなパンネルにより展示されている

一筆啓上賞4(1)
  (常設展示)

平成15年(2003)からは「新一筆啓上賞」の公募を行っている
 
これまで「母」「父」をテーマにした手紙の募集が数回あり
このような手紙が目に付いたので紹介

一筆啓上賞5(1)
 (「母」「父」をテーマにした手紙の入賞作品」)

また企画展示室では
愛知県西伊予市の「かまぼこ板の絵」と「日本一短い手紙」が出会い 
コラボした作品が展示されていた

一筆啓上賞6-1(1)

クラス会にも安心して行ける 励まされる手紙だ
よしツ!失禁パンツの予備も持っていこう

一筆啓上賞7(1)

これはよくある話の手紙 
ボクも足手まといにならぬようにしょう 美人はどんな表情でも美人?

一筆啓上賞8(1)

これまで「一筆啓上賞」に140万通の手紙が寄せられているとのこと

入場券と「しおり」

この施設の 入場券は「丸岡城」「丸岡歴史民俗資料館」と共通になっており
入場券の袋の中には「しおり」が入っていた

入場券と「しおり」を抜いた状態の写真

一筆啓上賞9(1)
  (入場券)

坂井市丸亀町は 
織ネーム(タグ・ワッペン)や織テープなど細幅織物の産地で
全国の7割を生産しているそうだ 
「シャツの後ろ首の所に付いているタグ」と言えば分かり易いか

「しおり」は まちのPRを兼ね タグを利用して作ったオリジナル
アイディアが素晴らしく 使う度に思い出す

一筆啓上賞10(1)
  (入場券から取り出した 「しおり」)

一筆啓上賞は毎年書籍となっており お多福が2冊購入してきた
1冊は   第7回平成11年(1999) 一筆啓上賞作品 テーマ{友へ」
もう一冊は 第8回平成12年(2000) 一筆啓上賞作品 テーマ「私へ」

一筆啓上賞11(1)

今年も第27回「一筆啓上賞」日本一短い「春夏秋冬」への手紙を募集している
募集は1~40字までの手紙形式
年齢問わず全国に呼び掛けし 締め切りは10月11日(金)

とても素晴らしい施設を見せてもらった

「現存天守12城めぐり」 ~丸岡城~


「現存天守12城めぐり」 第9弾 ~丸岡城~

6月19日(水) 
金沢市から「現存天守12城めぐり」最後の城「丸岡城」へ

丸岡城2(1)
  (城下ふもとから見上げた丸岡城)

駐車場のある城山のふもとには
「一筆啓上茶屋」(お土産屋・レストランなど)の建物がある
この町は 日本一短い手紙
「一筆啓上 火の用心 お仙泣かすな 馬肥やせ」 
で有名なところ

丸岡城1(1)
  (一筆啓上茶屋)

丸岡城PRキャラクターの「城丸くん」が出迎え
階段を登って行くと 「一筆啓上賞」が展示されていた

丸岡城3 (1)
(城への階段と一筆啓上賞受賞作品の展示)

昨年度のテーマは「先生」だったようだ

「先生」へ 
先生はみんなに うそをついたらいけないっていうのに
歳をごまかすのはよくないよ

・・・なかなか 鋭いところをついている

丸岡城が見えた
二重三階の望楼型天守と野面積(のづらづみ)天守台の石垣が残るだけであるが
丸岡城は現存する天守の中で最も古い
天正4年(1576)柴田勝家の甥勝豊が築いたとされている

天守の屋根瓦は石製で 天守に石瓦を使用した現存例はここだけ
石瓦が使われているのは 
瓦が凍結して破損することを防ぐための知恵らしい

丸岡城4(1)
  (丸岡城)

天守は昭和23年(1948)福井大震災により倒壊したが
昭和30年(1955)に修復再建された

石製の鯱(しゃち)

下の鯱はもともと木製銅板張りであったものを昭和15~17年の修理の際に石製の鯱に改めたもの
当時は戦禍中で銅板が入手できず やもなく天守の屋根瓦と同質の石材で作り変えられた

この石製の鯱も福井大震災により棟より落下し このような形で残っている
一方現在の天守の鯱はもとの木製銅板張りに復元されている

丸岡城6(1)
  (石製の鯱)

一階内部
一階内部には各種資料が展示されている

丸岡城7(1)
  (一階内部)

二階内部  

丸岡城8(1)
  (二階内部)

天守最高階

三階への階段は相当きつい勾配
この日学習に来ていた 子どもたちも慎重に階段を降りていた

この階にボランティアガイドがいて 色々説明をしてくれた 
町の財政も厳しく 昨年冬の大雪で屋根に積もった雪を自分たち総出で降ろしたとか

現存天守12城の中で国宝になっていないのは7城 
単独で国宝指定の運動展開するより 残った7城が揃って活動しなければならないと話していた

丸岡城9(1)
  (天守最高階)

天守最高階天井の間には四方に窓があり 回廊も付いている
本丸から18m 城山のふもとからは約35mの高さ

丸岡城10(1)
  (天守最高階からの展望) 

野面積の石垣

石垣はすき間が多く見た目は粗雑ながら 排水がよく大雨で崩れる心配がないと言われている

丸岡城11(1)
  (石垣の様子)

柴田勝豊の後 城主は安井氏 青山氏 今井氏を経て慶長18年(1613)本田成重に代わったが4代で改易
元禄8年(1695)有馬清純が5万石で入城 幕末まで8代続いた

次回は「一筆啓上日本一短い手紙の館」を紹介


プロフィール

KEARASHI

Author:KEARASHI
2013年10月リタイアをきっかけに、木彫・木工クラフト工房を開設しました。
木に新しい命を吹き込むという思いを込め、「萌樹工房」(もえぎこうぼう)と名付けています。
ブログでは、工房の様子や他の趣味等を載せていきます。

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