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KEARASHI

Author:KEARASHI
2013年10月リタイアをきっかけに、木彫・木工クラフト工房を開設しました。
木に新しい命を吹き込むという思いを込め、「萌樹工房」(もえぎこうぼう)と名付けています。
ブログでは、工房の様子や他の趣味等を載せていきます。


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測量家伊能忠敬の大図展

伊能忠敬の大図フロア展が当市スポーツセンターで開催

伊能大図パンフ2

測量家伊能忠敬は1745年(延享2年)現在の千葉県九十九里浜町で小関家の二男として生まれ 子どもの頃から儒学・和算・医術などを学び 17歳の時旧家伊能家に婿入り

伊能家では運送業・酒造業などの商売を行っていたが 49歳で家業を長男に譲り 第2の人生をスタート
50歳で天文学者の門を叩き 念願の弟子入りを果たした

当時日本近海にロシアの艦船が出没し 北方に危機意識を持った幕府の意向を受け 55歳で蝦夷図作成を目的に蝦夷地測量を開始した

こんな経歴の持ち主のようです

開場時間前に行ったのですが もう何人か来ていました
写真写りが悪いのですが こちらからは手前が北になります

伊能大図1

大図展とあって さすがに大きい

伊能大図3

主催は北海道農業土木測量設計協会
担当者がまだ時間前というのに 来場者に説明をしています

ありました ありました
当市の位置に「ルルモッペ」と書かれていました

ルルモッペ

「ルルモッペ」とは 現在の留萌市のこと
アイヌ語で 「汐(海の水)が奥深く入ってくる川」という意味で 明治になってから留萌(るるもえ) 後に留萌(るもい)と名付けられました 

留萌川の上流に潮静という名の地域があり ここまで海水が逆流したようです


余談ですが 留萌の「萌」の字はその昔「萠」で月が2つもあったのでは夜ばかりで暗い町となるなので 月の一つを日に変え 昼もあるようにと変えた という説があるのですが 本当かどうか解りません

歩測コーナー

歩測コーナーがあり 歩いてみました
舗装道路でも車で北海道を一周するのは 大変なこと

道なき道をひたすら草鞋(わらじ)で歩くのは どれほど大変なことだったのか
しかも測量しながらですから

やはり 歴史上に名を残す人は 凡人とは違いますね

伊能大図2

会場には伊能忠敬の他 間宮林蔵 松浦武四郎などが作成した地図も展示されていました

測量機器類

数々の測量機器類の展示もあります

55歳から第10次測量まで16年間日本国中を歩きまわり 1818年73歳で病死
遺骨は弟子入りした先の天文学者高橋至時の墓の隣に葬られ

死後3年経った1821年に高橋至時の長男高橋景保が指揮をして「大日本沿海興地全図」が完成し幕府に上呈されたとのこと

この「大日本沿海興地全図」は第10次測量の後 1816年に作成開始したのですが 伊能忠敬は完成図を見ることなく 亡くなったわけです

歴史に残る測量家でした







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