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「現存天守12城めぐり」~松江城~

「現存天守12城めぐり」第Ⅰ弾
6月9日に訪れた「松江城」

松江城は山陰に現存する唯一の天守

松江城2(1)

慶長15年(1610) 宍道湖を見下ろす亀田山(標高28m)に築城

天守は外観五重内部六階 黒塗りの下見板張で覆われ
極めて実践的に造られた城である

松江城1(1)

平成13年(2001)に二の丸の南櫓・中櫓・太鼓櫓が復元
松江城は別名 「千鳥城」と呼ばれる

天守台の石垣内部は石蔵になっており 中央には井戸ががあった
この石倉は 非常時に備えて生活物資を備蓄する所でもある

松江城4(1)

階段はスライド式になっており 非常時には敵が上がってこられないような構造になっている

また他の城と同じように 
板張り部分のいたるところに狭間(さま)や石落(いしおとし)が設けられている

松江城3(1)

石垣を登っている最中に 大きな石を落とされたら
どんな石頭でも たまったものではない

次の写真は 後藤又兵衛(ごとうまたべえ)所用と伝わる甲冑と槍
後藤又兵衛は黒田長政の後に豊臣秀頼に仕えた武将 
大阪の陣で奮闘し戦死

甲冑と槍は松江藩士の土岐円太夫家に伝来したとのこと

松江城7(1)

旧鯱(しゃちほこ)と鬼瓦
下は松江城に天守の屋根に葺かれていた鬼面の鬼瓦
鬼面でないものも鬼瓦と呼ぶが 松江城天守には現在も鬼面の鬼瓦が載る

松江城5(1)

他域では家紋や吉祥文様の鬼瓦が多く 
鬼面を用いる松江城の例は珍しいようである

徳川幕府から 松江城の築城を命ぜられたのは築城の名人堀尾吉晴

堅固な石垣による築城は難工事で 人夫に賃金の値上げを要求され 藩主夫人自ら奥女中とともに餅を作って工事現場で売ったというエピソードが残っている

堀尾氏は二代で用済みとなり その後城主は京極
そして家康の孫にあたる松平直政が入り 明治まで継承された

松江城前に建立されている堀尾吉晴像と 
この日城内をイベントで隊列を組み行進していた侍たち

もうちょっと早く着いていたら ボクも甲冑を身に着け参加できたかも

松江城8(1)

天守からは 松江市と宍道湖を見降ろすことができた

松江城6(1)



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プロフィール

KEARASHI

Author:KEARASHI
2013年10月リタイアをきっかけに、木彫・木工クラフト工房を開設しました。
木に新しい命を吹き込むという思いを込め、「萌樹工房」(もえぎこうぼう)と名付けています。
ブログでは、工房の様子や他の趣味等を載せていきます。

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