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「現存天守12城めぐり」~備中松山城~

「現存天守12城めぐり」 第5弾 備中松山城

6月12日 四国香川県坂出市より瀬戸大橋を渡り岡山県高梁(たかはし)市へ

備中松山は
四つの峰からなる「臥牛山」のうち「小松山」山頂(標高約430m)を中心に築かれた山城

天守の現存する山城としては随一の高さ

下図 赤丸で囲った小松山城群が備中松山城の位置

備中松山城1-1(1)

最近 雲海に浮かぶ山城として人気が出ている

この城へ行くにはかなりの覚悟が必要
土日は5合目の駐車場から8合目のふいご峠までシャトルバスに乗っていくのだが 
この日は平日だったので8合目まで車で登れた

だが 途中ガードロープの無い しかも対向車とすれ違い出来ないほど狭い場所があり
しかもその場所は片側は断崖絶壁 対向車が来ないことを祈ってビクビク運転

やっとの思いで8合目のふいご峠駐車場に到着

備中松山城2(1)
(8合目ふいご峠駐車場)

この駐車場は14台分の駐車スペースしかない 運よく待ち時間もなくすんなり登ってきた

登る途中で交通整理をしていた案内人がいたが 
この駐車場と交互通行させるためトランシーバーで連絡を取り合っていたようだ 
下で ちょっと教えてくれたら怖い思いをしなくて済んだのに

さてこれから ひと踏ん張り
城まではたかが600mだが20~30分かかるという

備中松山城3(1)

休み休み登り 近づいたところに石垣が目に付いた
大手門付近の石垣は天然巨石と融合させた石垣となっている 
この城の特徴の一つでもある

備中松山城4(1)
(天然巨石を利用した石垣)

登り始めて25分ほど
多くの狭間が付いている土塀などが目に入ってきた

備中松山城5(1)

天守と復元された本丸南御門・腕木御門・路地門・五の平櫓など

備中松山城6(1)

備中松山城7(1)

備中松山城は 秋葉重信が延応2年(1240鎌倉時代)に築いたのが最初
臥牛山は毛利家などの城塞として機能していた

江戸時代になり 小堀正次・正一(茶人・作庭家小堀遠州)親子の修築を経て天和年間(1681~84)水谷勝宗の大改修で近世三大山城とされる最終的な城の形となったようである

天守は二層二階 中の様子

備中松山城9(1)

下写真は蕪懸魚(かぶらげぎょ)
天守の上層 妻の拝み(つまのおがみ)に取り付けられている装飾 左右一対の鰭(ひれ)を有する

最近の修理時に取り換えられたもので 江戸時代の創建材(1683)のものとのこと

備中松山城10(1)

天守内部
窓は外から内部が見えにくい格子状

備中松山城11(1)

坂の途中からの景色

備中松山城12(1)

雲海が見られるのは秋から春にかけての朝8時頃
朝の気温と日中の気温差が大きい時

しかし雲海に浮かぶ備中松山城を見るためには 更に上の展望台まで登らなければならない

この場所には野性の猿が生息しているので出会ったら 興奮させないよう注意しなければならないとのこと



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プロフィール

KEARASHI

Author:KEARASHI
2013年10月リタイアをきっかけに、木彫・木工クラフト工房を開設しました。
木に新しい命を吹き込むという思いを込め、「萌樹工房」(もえぎこうぼう)と名付けています。
ブログでは、工房の様子や他の趣味等を載せていきます。

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