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北海道開拓の村 ~その12~


北海道開拓の村に移築・復元された歴史的建造物の紹介
第12回

~農村群その2~

旧岩間家農家住宅

岩間家は 旧仙台藩の士族移民団の一員として1871(明治4)年に入植

写真の建物は1882(明治15)年に郷里の大工によって建築され 間取りなどに郷里の建築様式が取り入れられている
一方で 仙台地方にはあまり見られない石置屋根が採用されている

旧所在地 伊達市弄月町
建築年代 1882(明治15)年
復元年  1982(昭和57)年

44旧岩間家農家住宅1(1)

内部の様子 結構立派な造りのようだ

44旧岩間家農家住宅2(1)

旧河西家米倉

札幌厚別地区の米作は1883(明治16)年長野県からの移住者によって始められた
水田は付近の低湿地に造られ 明治20年代になり本格的に耕作されるようになった

この米倉は最初の移住者の一人である河西由蔵が建てたものを再現した

旧所在地 札幌市厚別区厚別
建築年代 1897(明治30)年
復元年  1986(昭和61)年
 
45旧河西家米倉(1)

旧樋口家農家住宅

樋口家は富山県から移住した農家で1893(明治26)年に入植し 5年後にこの家を建てた

富山出身の棟梁に建築を依頼し 郷里の建築様式である枠の内(わくのうち)造りを取り入れ 材料は近くの原始林から切り出した

復元に際しては同じ建築様式の山口家の解体材もあわせて使用した
* 枠の内造り:金物を一切使用せずに組み上げられたもの

旧所在地 札幌市厚別区厚別東
建築年代 1897(明治30)年
復元年  1978(昭和53)年

46樋口家農家住宅(1)

旧小川家酪農畜舎

大正末期に札幌農学校出身の小川三策(さんさく)がアメリカから取り寄せた設計図を参考に建築したもの

19世紀のバルーンヘレーム構造が特徴の建物
また軟石のサイロは 後に札幌厚別の農家より譲り受けて移築したもの

* バルーンヘレーム構造: アメリカの近代住宅の建築工法で 枠組壁工法の前身の工法らしい

旧所在地 札幌市清田区平岡公園東
建築年代 大正末期
復元年  1988(昭和63)年

47小川家酪農畜舎1(1)

47旧小川家酪農畜舎2(1)

旧菊田家農家住宅

1886(明治19)年新潟県長岡の有力者であった大橋一蔵や関矢孫左衛門などは 北越植民社を組織し野幌原野の開拓を計画した

この建物は その一員の新潟県魚沼郡出身者が移住直後の1893(明治26)年頃に建築し のちに同じく南蒲原郡出身の初代菊田常吉が買い受けて移築したもの

旧所在地 江別市西野幌
建築年代 1893(明治26)年頃
復元年  1988(昭和63)年

48旧菊田家農家住宅1(1)

内部には笛や太鼓があり 郷土の伝統芸能を伝承していたのかも

また家の周りにはリンゴの木などが沢山見られた 
果樹栽培をしていた農家なのかもしれない 

48旧菊田家農家住宅2(1)

開拓小屋

開拓小屋は開墾小屋とも称し 移住者が最初に建てた住宅
丸太を埋め立てて柱とし 桁や梁(はり) 垂木(たるき)をわたし 笹や茅(かや)などで屋根や壁を葺き 出入り口と窓にはムシロを下げた

屋内は一部が土間で 他は笹や枯草を重ねた上にムシロを敷いて居間とし 炉を設けた
明治期のものを再現している

建築年代 明治期
復元年  1990(平成2)年

49開拓小屋1(1)

アイヌの住宅チセと同じような造り
この小屋で 北海道の厳しい冬を越せたのが不思議だ

49開拓小屋2(1)

農村群の一角に ボクも知らない 稗(ひえ)や粟(あわ)・除虫菊などなど
「懐かしい作物」として育てられていた

懐かしい作物1(1)

懐かしい作物2(1)

農村群はこれで終わり

次回は最後の 山村群を紹介




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プロフィール

KEARASHI

Author:KEARASHI
2013年10月リタイアをきっかけに、木彫・木工クラフト工房を開設しました。
木に新しい命を吹き込むという思いを込め、「萌樹工房」(もえぎこうぼう)と名付けています。
ブログでは、工房の様子や他の趣味等を載せていきます。

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