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「現存天守12城めぐり」 番外編11~兼六園~


「現存天守12城めぐり」番外編11~兼六園~

兼六園

「兼六園」は岡山市の後楽園 水戸市の偕楽園とならんで
日本三大名園の一つ
金沢市のお堀通りを挟んで 金沢城とは逆の南側にある

兼六園図1(1)
  (兼六園案内図)

「兼六園」はもともと金沢城の外郭として城に属した庭で 
江戸時代を代表する林泉回遊式大名庭園
(回遊式庭園とは園内を回遊して観賞する庭園)

延宝4年(1676)
加賀藩4代藩主前田綱紀(つなのり)が金沢城に面する傾斜地に別荘「蓮池御殿」(れんちごてん)を建て その周辺に作庭したのが「兼六園」の始まり 
当時は「蓮池庭」(れんちてい)などと呼ばれていた

兼六園3(ことじ灯籠)(1)
  (霞ヶ池と ことじ灯籠)

宝暦9年(1759) 大火で「蓮池庭」も一部焼失 荒廃した
11代藩主治脩(はるなが)は復興に取り組み 
安永3年(1774)今に見る夕顔亭や翠滝(みどりたき)を築造

文政5年(1822)12代藩主斉広(なりなが)の隠居所「竹沢御殿」を築造
その庭に辰巳用水を取り入れて曲水をつくり 各種の石橋を架けた庭園が完成

兼六園4(1)

この年
松平定信が中国宋の詩人李格非(りかくひ)の書いた「落陽名園記」の文章から採って「兼六園」と命名したそうだ

兼六園1(内橋亭)(1)
  (内橋亭)

また 「竹沢御殿」を取り壊した13代藩主斉泰(なりやす)は 
霞ヶ池を掘り広げ 曲水の新たな取り入れも行い 以前からあった「蓮池庭」と調和するよう作庭 
現在の形に近い庭園を築いた

兼六園2(時雨亭)(1)
  (時雨亭)

廃藩後明治7年(1874)「兼六園」が一般開放
昭和60年(1085)には「特別名勝」に指定された

兼六園5(1)

兼六園6(1)

園内では 結婚を前にした写真撮影か 

兼六園7(1)
  
園満でありますように 円満に・・・か

* 写真は「兼六園」内の一部のみ


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プロフィール

KEARASHI

Author:KEARASHI
2013年10月リタイアをきっかけに、木彫・木工クラフト工房を開設しました。
木に新しい命を吹き込むという思いを込め、「萌樹工房」(もえぎこうぼう)と名付けています。
ブログでは、工房の様子や他の趣味等を載せていきます。

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